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  • 2017.06.23 Friday
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哲学

サードアイの哲学


この世には二つの理がある


人命を奪う癌と人の懐を潤す癌
表に立つ偽善と裏に立つ善悪


信じることが得意な人と懐疑することが得意な人
見えないものを見ようとする人と見えないものはないと思う人
人の「言」を否定することで存在してる人と「無言」で存在する人
悪を「悪」と見る人と悪を「善の裏」と見る人
人の上に自分を建てる人と自分の上に未来を建てる人
愚かさを知らない人と本当に愚かな人
嘘をわかる人と嘘を本当にすり替える人
言葉に惑う人と混迷を言葉にする人


天の裁きにあう人と人の裁きにあう人
運命に翻弄して終わる人と翻弄の彼岸で運命にたどり着く人
拘りが捨てられない人と拘りをもてない人
絶滅が終わりだと思う人と始まりだと思う人

喜びには喜びで寄り添い
悲しみには悲しみ、苦しみには苦しみで寄り添うことが
魂に優しい光だということを知っている人と
全てはエゴと傲慢、貪欲、飽くなき欲望の虜となって人生を突っ走る人

すべて間違っていて
すべて正しい。

聖絶も聖戦も
そこから始まったのだから。

耳のある人は聞いてください!


小羊が第六の封印を解いたとき、大きな地震が起こった。そして太陽は毛の荒布のように黒くなり、月の前面が血のようになった。・・・御怒りの大いなる日が来たのだ。だれがそれに耐えられよう。・・・ 黙示【6:12】

「岩」に蒔いた種から、実りを収穫することはできない。汚れた世代もまたこのようであり・・・  ユダ福音書【44】


隠れているのは、必ず現われるためであり、おおい隠されているのは、明らかにするためです。・・・あなたがたは、人に量ってあげるその量りで、自分にも量り与えられ、さらにその上に増し加えられます。持っている人は、さらに与えられ、持たない人は、持っているものまでも取り上げられてしまいます。・・・ マルコ【4:22】


闇の中で闇を把捉するような何らかの光が輝きはじめるならば、闇は消滅する。というのも、当の光がもはや闇の論理では解明できないような光であるときにはじめて、闇の光への憧れは満たされるからである。・・・それゆえ、闇は闇の予期しない、意図しない、把捉しえないものによってしか解明されない。・・・ C・G・ユング博士【結合の神秘】





地球が傷むと わたしの心も痛む
被災地のみんなが寒くて震えてると、私の魂も震える
被災者のみんな疲れがたまって病に襲われると、私のお腹も痛くなる
不衛生で気持ち悪いと 心も汚染されてくよ

余震で不安が巡ってくると 私のめまいも酷くなる
みんなの心が希望を失い始めると 私の眼に映る未来は霞がかって灰色になる


つながってるんだよ 
みんなと地球。 地球とこころ。 あなたとわたし。 


東北地方のみんなは、日本の胸だよ。
母の大切なおっぱいとハートチャクラ
北海道は頭だね。
そして関東地方は腹だよ。ふところ
中越地方は腰。かなめ。
そうやってみんなは日本という国の一部とつながっている。

日本がここまでこれたのは、みんなが生きて命をつないできたから。
大地を育んできたから。

痛みを感じるよ。
途方もないほどの辛さと絶望感
すべてを失ったのに 生きてるその意味
生かされた人 天に召された人
生死をわけた「1秒の違い」
偶然という天の摂理のむごさ、むなしさ、はかなさ

読んでくれてるみんなは、光の戦士であってほしい。
心を闇に奪われないように。。。
大極
  • 2011.03.18 Friday
  • 13:13

哲学

空海と神秘



空海はインターナショナルな天才思想家であり、また偉大な宗教家でもありました
真言密教の開祖となった弘法大師空海の生涯を知る人は、現代では少ないと言われています。

彼の生き方や考え方、そして又彼の見ている先にあったものは、決して古い考え方ではありません。
むしろ彼の生き方考え方には、現代人には尚一層共感できるものがあると私は考えています。

空海が生まれたのは774年だと言われています。
奈良時代から平安時代の初め、古い秩序が壊れて新しい世界観が生まれようとしているまさにその最中、空海はこの世に送られてきたのです。
空海が生まれた家柄は、当時の田舎の名望家と言われるほどに良く、身内に立派な学者がいることから、空海もそのような出世コースをたどると期待されていたようです。

神童と呼ばれていた空海は、儒学を勉強するため18歳で大学に進みました。
ところがその時代では、身分や家柄が重要視された社会でした。
当時の日本の制度では、貴族の子弟は大学へ行かなくても役人になれる上に出世コースを歩むことができました。しかし低い身分の子弟はたとえ大学を卒業しても、未来は知れたものだったようです。
空海は、そんな日本の制度に大きな疑問を持ちました。

「何でそんな理不尽な制度に自分の人生を賭けなくてはならないのか」
「大学で一生懸命学ぶことに何の目的があろうか」


古い社会制度に左右されるのを愚かしいと感じた空海は、故人が残していった遺産としての学問を学ぶことよりも、人間の真実を明らかにする、また永遠の真実を知るという学問をしたいと考えたようです。

空海は、せっかく入った日本にたった1つしかなかった国立大学をあっさりと中退してしまい、親族たちからも期待されていた立身出世コースを自ら外れるという姿勢をとったのです。
当時の主流であった「都会人」としての世界に背を向け、自らが汚い風体をして、乞食僧の仲間に入って自然の中で修行をするという孤独修行の道を選んだわけです。


現代社会にも同じような問題はたくさんあります。
古い慣習制度に縛られたまま、あまりにもミスマッチな考えを強要されることに、猛烈な反発を感じる人が多いのではないでしょうか。 また「何のために学校へ行くのか?」という疑問に「ありきたりの一辺倒の答え」を与え続けている愚かな無教養人。 さらに「思いやり」を獲得するために強要する「偽善体験」など等。

そんな馬鹿げた風習に振り回されるよりも、空海のように自らの学ぶ姿勢にしっかりと焦点を定め、外見や人の期待、古い慣習制度や体裁に左右されず、求めるものを貫いてみようとする志に、現代の創造力あふれる若者たちならきっと共感できるのではないかと思うのです。

空海はその後、世間から離れ山中でひとり修行しているそのまじめさと学業の深さが認められ、遣唐使として唐へ渡るという留学生としての資格が与えられたのです。空海31歳の時だったそうです。
彼の人生はこのときを境にして大きく変わっていきました。

空海の詳しい人生については、参考とさせていただいた梅原 猛氏の著書「最澄と空海」をお読みください。



空海は自分の死に場所をつくりたいと高野山を本拠地として選びました。
当時の高野山は、とても人間の住めるような場所ではないほど大変なところだったようです。
60歳を間近にする頃から死を予感していた空海は、835年の正月から「水」を断ち、3月21日右脇を下にしたまま死を迎え入れたと伝えられています。

空海の思想を学んでみると、そこ描かれた真実の世界に驚かされます。

顕形表等の色あり
内外の依正に具す
法然と随縁とあり
よく迷ひまたよく悟る


すべての世界を色に例え、「顕色」「形色」「表色」という三種の色によって外なる客観的世界も、内なる主観的世界も出来ているというものです。
これが世界の真相であり、この三種の色が自分の内外に混じりあっていて、本来の形であらわれるものとそうでなくてその状況によってあらわれたものがあるだけだといいます。

そのような色の世界に、愚かな人はその色にとらわれてしまって迷うけれども、賢い人は個々のとらわれから脱して、超越した自由な心で全体の色を眺めることができるため、色の世界を十分に楽しんで遊ぶことができるのだというものです。

さらに、宇宙の本体である大日如来と合一された人間にとっては、むしろその色の世界のほうが楽しみとなり、とらわれることなく美しい色を悟ることができるのだというものなのです。

空海がたどり着いた世界観をすぐに理解しようとする必要はないかもしれません。
しかし、空海という人が辿った足跡を見ることで、自分の人生に新しい気づきを得ることはできるかもしれないのです。

それは現代人が抱えている多くの悩みに、優しく諭してくれるような厳しく教えてくれるような響きがあるからです。そしてまた空海が見ていた先にあるものは、今私たち現代人が忘れかけているとても大切なものなのだと思うからです。



空海…彼は、大日如来を中心に二十一尊を描いた曼荼羅や仏像を多くの芸術家らに制作させたという。
完成された芸術品を前にして、神髄を観た空海の瞳には、いったい何が映って見えたのでしょうか。
  • 2007.10.07 Sunday
  • 14:45

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