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こころの事

レターフロム仙台

みなさん、こんばんわ。

きょうは、Anne Thomasさんの「レターフロム仙台」をご紹介します。


彼女は仙台に住んでいる米国人女性で、震災後の町の様子をとても穏やかに、そして温かなまなざしで見つめています。
被災者でありながらとても冷静に現実をうけとめ、魂のおもむくままに「いま」を感じとっていて、読んでいる私たちのほうが励まされます。

本当は日本のこころってそういうもの。というホッとする気持ちがわいてきます。

「被災者=お気の毒」と思っていた私たちは、どこかむなしいかもしれません。
もしかしたら彼女たちのように現地で「今」を果敢に生きている人たちのほうが、天に選ばれた者たち!で、お気の毒と思っている人のほうが選ばれていない者なのかもしれません。

傍観者になっていたわが身を戒めることができた素敵な手紙です。


☆★☆

以下転載開始

A Letter from Sendai
文・Anne Thomas

 仙台で経験したことはとても現実とは思えない災害だった。しかし、私には私を助けてくれる素晴らしい友人がいるから、とても恵まれている。私の本来の住処は掘立小屋とも言えないような有様なので、友人のところにいる。水、食べ物、石油ヒーターなどを分かち合っている。一部屋に雑魚寝し、ろうそくの下で食事をとり、体験したことを語り合っている。暖かく、友情にあふれ、美しい。

 昼間は助け合って住処のガラクタをかたづけている。車の中でニュースをカーナビの画面で見ている人、飲み水の配布が始まると順番を待って並ぶ人。もし誰かの家で水道が使えれば、必要な人がバケツやポットに入れられるように、家の前にそれを伝える看板を出す人。

 略奪などが全く見られず、順番待ちの列が乱れることもないことは、まさに驚異的だ。地震が襲った時は安全だからという理由で、みんな家の入口を開けっ放しにしている。みんなが口をそろえて言うのは、「昔は、こういう風にお互い助け合っていたんだね」

 余震は絶え間なく続いている。昨夜は15分おきだった。サイレンは鳴り続け、ヘリコプターは絶え間なく飛んでいる。

 昨夜は水道が数時間だけ、今日は半日。電気は今日の午後から。ガスはまだ駄目。これも地域ごとに状況が違う。供給されているところもあるが、全くないところもある。みんな、何日もお風呂に入っていない。とても不潔に感じるけれど、今はそんなことよりもっと大切なことがある。私は、必要不可欠でないものがはぎ取られていくのが楽しいのだ。本能だけを頼りに、かばい合い、生存を支える最低のものだけで、己を捨て、みんなで生きる。

 不思議な並列宇宙空間がある。めちゃくちゃになった家もあれば、布団や洗濯物を日に干している家。水や食べ物の為に並んでいる人や、その横を犬を連れて散歩している人。これらが同時に起きているのだ。

 他にも美しいと感じさせられたもの、それは夜の静けさ。車はいない。通りは誰も歩いていない。満天の星、いつもは2つか3つの星しか見えないのに。仙台郊外の山々はピリッとした空気の中で、しっかりと夜空にシルエットを作っている。

 日本の人たちは素晴らしい。今は電気が復旧したのでメールを打つために毎日自分の住処へ戻って来るが、入口には誰かが置いてくれた水と食べ物がある。誰からなのかは分からない、でも確かにある。緑の帽子をかぶった年配の人が家家を巡回し、みんな大丈夫かどうかチェックしている。人々は見ず知らずの人に声をかけ、何か助けが必要ですかと尋ねる。誰も恐れていない。あきらめは見える、しかし恐怖やパニックは無い。

 人々は余震が来る、もっと大きなものも含めて一カ月以上続くと話している。確かに絶えず揺れるし、振動がある。私は他の場所より少し高くて地盤の固い仙台にいるから、恵まれている。他の地域よりずっといい方だ。昨夜は友人の夫が国から食べ物と水を持ってやってきた。恵みをまた感じた。

 この時にあたって、私は全世界で巨大な宇宙の変化の過程が起こっているということを、自らの体験で悟った。今、日本で起こっていることを通して私の心は大きく開かれたと感じている。私の兄弟は、今起こっていることの中に身を置いていると自分がものすごく小さく感じられるのではないかと尋ねてきた。決してそんなことはない。むしろ、私は今起きている、何かとても大きなことの一部に身を置いていると感じるのだ。この産みの苦しみは大きい、でも素晴らしい。

 貴方からの心遣いと愛に感謝します。

 アン

仙台からの手紙(大紀元)

  • 2011.04.05 Tuesday
  • 22:11

こころの事

想像力とリズムバランス

みなさん、こんばんわ。

寒さが増しているためか、最近はどうしても身体がちぢこもり、肩が懲ります。ストレッチをしても、血液は循環するみたいですがリラックスはできませんww


だれか肩こり解消法とヒーリング&リラックス効果が一緒になった「いい方法」、知っていたら教えてくださ〜い^_^;

◆◆◆

きょうは「想像力」と「リズム」をキーワードに、オカルティズム的なあるいは神智学的な視点を交えてご紹介してみようと思います。


神秘思想家で人智学協会の創始者であるルドルフ・シュタイナーは、人が健全な精神のもと生活をするためには日ごろからリズムを感じる、あるいは今までと別のかたちで、自分の中の感情、意志、思考が生き生きと体験できるような行を行なうことは大事だといっています。

たとえばリズムを中心とした音楽で同じパターンやAとBを交互に聞くようなパターンのくり返しをずっと聞いていると、そこから一種の解放感を感じてきますよね。
これはリズムが与えてくれるエネルギーです。
それと同じように日常生活のなかでリズムを意識してみると、これまでと違った思考パターンが活性化され、新しいエネルギーが生まれてくるのだといわれています。



人間は自分の身近にあるリズムパターンで成長し、生きています。
幼少期は両親や家族の思考・感情パターンだったり、思春期は友達との波長リズムに同調・協調しあう感情パターンだったりというように。

就職や進学してまったく異なる思考・意志パターンあるいは感情パターンに初めて出会うと、自分の生活リズムがすっかり壊れてしまったり、自信をなくしてしまったりすることってありますよね。

大人になろうとするとき、人が最初にぶつかる壁が「自立」です。


自立といっても一口に生活できる力、自分で立つ力だけではありません。

自分を立たせる力、立ち上がる力や己を知る、心や魂と見つめあう、愛に立ち上がる、知恵や知識に立つ、自分の上にあるものを取り除くというようなとても難しい壁が難題として与えられています。

特にむずかしくて大変なのが「自分と自分以外をわける考えに立つ」「自分の中にあるものにリズムと調和を与える」ということ。

それは自分という人間を構成しているすべて・・・肉体や意志、思考や感情、精神や心理、病気や元気の素、魂や光など・・・を想像力をつかって感覚的に知るということなのです。


◆想像力を働かせない人はつまらない人。になりがちです。


たとえば「スキー」というスポーツ競技を最初にあみだした人を考えてみましょう。
雪が降り積もるなか、その人は急いで歩いていたかもしれません。間に合わなくて走った。。そしたらすってんころりんと転び、すべってしまった。
そしたら滑った方が速く進むことがわかり、これは何か板のようなものにのって滑ったら楽しいかも!と想像力をふくらませて板を作ったかもしれません。

シュタイナーの教えのなかに「植物の行」というものがあります。

flowerbalance.jpg


植物というのは何でもいいですけれど、お花屋さんにいって花を買ってきます。好きな花を花瓶にいけて、いつも眼につくところにおいておきます。そして、その花のつぼみから毎日見ていきます。
するとつぼみが、だんだん部屋のあたたかい温度に刺激されて、一日か二日で花をひらかせ、また数日するうちにだんだんとしおれて、花びらが一枚一枚落ちていって、枯れてしまいます。そういうプロセスを始めから最後までじっくりと観察するのです。
 その場合何が大切かというと、つぼみから花をひらかせるまでは、生成し成長していくプロセスとして、そこにとても喜ばしい、華やいだ感情を投影することです。自分のなかの喜びの感情を花に投影して、その花があたかも花を咲かせることにすごく喜びを感じているかのように、喜びの感情とその花の開花とを結びつけます。 そして今度はだんだんとしぼんでいく花を見るときは、逆に自分の中の悲しみの感情、つらい感情をそこに投影させてみます。 



つまり、何も「感情」というものをもっていない「花」の中に、感情を感じとるという訓練をすることで、自分の中のイマジネーション(想像力)が喚起されるので、感性が活発になります。

cut_kaguya_red_b_200.jpg

想像力を養って訓練することで「自分の感情を知る」「コントロールできるようになる」ということなのでしょう。

怒ること、喜ぶこと、笑うこと、納得すること、評価したり愛したりすること・・・
そういったいつもどおりの自分ですら、実はよく知らないで使っていた感情や意志、思考だったということに気づかせてくれる・・・それが「リズムを知る」という行なのだといいます。

わたしはよく「涙は心を浄化しますよ」とお伝えします。

自分の抑えていた感情や悲しい心を、涙を流すことで自分の意識に表面化させる。すると自分の持っている辛さや怒り、苦しみと直接自分が向き合い、深く知り、いたわることができるようになります。
想像するエネルギーさえ不足していて泣きたいけど泣けない時は、めちゃくちゃ悲しい映画やDVDを借りてきて!といいます。その映画にすっぽり入り込んで感情を投影させ、泣いてしまうようお勧めしています。

それは泣くことによって、感情を表面化し綺麗に洗い流すことができるからです。
そして泣きつかれたあと水を飲んだら美味しく感じるとか、そっと植物にさわったら温かく感じたとか、すっきりして吹っ切れそうなくらい笑ったとかのように、魂のエネルギーが新しいリズムを取りこむことができるようになります。

heart-2.gif

みなさんは自分のなかにある感情や意志、思考にちゃんと向き合ったことがありますか? それらのものがエネルギーを帯びて暴れるとき、心には激しい太鼓の音が鳴り響いていませんか?

生活のリズム・バランスを乱されないためにも、想像力は大切な役割を担っているのですね。


  • 2011.01.21 Friday
  • 19:00

こころの事

心に響くことば…


2010年もあとわずかですね。

この1年を振りかえって、自分に何ができたか何を残したのかなど思い返しながら、心に響いたり残ったりした言葉がたくさん勇気や元気をくれましたので、ご紹介してみます♪



「絵を描くことは、この世界を健全に保つための神秘的で儀式的な行為である」
   オーストラリア先住民・アポリジニのことば


「Just so story」(あるがままに・・)

   C.G.Jung ユング


「異性に心を奪われることは大きな喜びであり、必要不可欠なことです。しかし、それが人生の中心事になってはいけません。もしそうなったら人は道を見失ってしまうことでしょう。」


「人間とは私たちが宇宙と呼ぶ全体の一部であり、時間と空間に限定された一部である。私たちは自分自身を、思考を、そして感情を他と切り離されたものとして体験する。意識についてのある種の錯覚である。この錯覚は一種の牢獄で、個人的な欲望や最も近くにいる人々への愛情に私たちを縛り付けるのだ。」

   アインシュタインの言葉


「心をむしばむのは恐怖だ。恐怖は病だ。病はたましいのなかに入りこむ。そして心の平和をむしばむ。心に恐怖を宿してはいけない。まずは追い出せ。」


   映画「アポカリプト」 マヤ族長老の言葉


「チャンスは貯蓄できない」


   樋口 廣太郎(アサヒビール名誉会長) 幸運の女神に愛された経営者の言葉



「地球はEARTHっていいますね。最初のEはEDEN 大地。最後のHはHEAVEN 天国。そして大地と天国を繋ぐのがART芸術なんですよ。」


   松本人志



「みんなおかしいんだよ。ヘンに物理的に考えているんだ。 枡みたいなものがあって、そこにエネルギーがだんだん溜まって、ここまで来たら仕事をするとか、ここまで溜まったら爆発するとか考える。
そんなんじゃないんだ。ゼロでもマイナスでも、やることがある。
やりたいのなら、爆発する。それがエネルギーだ。
やるからエネルギーが生まれるんだ。
エネルギーがあるからやるんじゃない。」

「いいんだ。 岡本太郎の責任でやるんだから。」

   岡本太郎





「人間というのは困らなきゃだめです。絶対絶命に追い込まれたときに出る力が本当の力なんだ。 人間はやろうと思えばたいていのことはできるのです。」

   本田宗一郎


「形のあるもの いいかえれば物質的存在を
私たちは現象としてとらえているのですが
現象というものは 時々刻々変化するものであって
変化しない実体というものはありません
実体がないからこそ 形をつくれるのです
実体がなくて 変化するからこそ
物質であることができるのです」

   般若心経


子曰く、君子は言を以て人を挙げず、人を以て言を廃せず。
(老先生の教え。教養人は、相手の意見だけで、その人物の人柄をよく見もせずに抜擢するようなことはしない。逆に、あんな人物だからといってその意見が良いのに、それを無視するようなことはしない。)

   論語


「わたしは、人間には持って生まれた運・不運があるということだけは固く信じる。やはり運がいいとか、悪いということは絶対あり得ると思うし、ツイている、ツイていないということもあると確信している。しかし、じゃあ、どこでどういうふうにツイていると判断するのか、なにかその物差しがあるのか、あるいは運のいい人と悪い人を見分ける方法があるのかということになると、そんなものはあるわけがないとしか言いようがない。人生は要するに向き不向きと、人知の及ばざる運・不運で決まるのではないか。そういう意味で運を信じているということなんです」


   山内 溥 任天堂相談役 カリスマ性と独特の経営哲学で危機を乗り切った戦士



「杯は我に語れり。 沈黙の言葉にて わが行く末のさだめを。」


   アーサー王の聖杯伝説 アナクレオンの詩


「錬金術というものは、現身の衣を捨てて不死の衣をまとうようになるまで、魂の内容がしだいに蒸溜してゆくことに他ならない」

   W.B.イェイツ 錬金術の薔薇


「わたしは子どもだったわたしが成長して、現在のわたしになったとは信じていないのです。彼はわたしのために、いちばんグラフィックな、造形的な、そして肉体的な意味でいまだにどこかに存在しているのです。
わたしは彼のことが非常に気にかかりますし、非常な興味をもっています。彼といつでも通じようとしています。わたしがもっとも恐れるのは彼との接触を失うことです。」

   モーリス・センダック 絵本作家 かいじゅうたちのいるところなど 


  • 2010.12.26 Sunday
  • 23:12

こころの事

母なる愛と大地


9月20日敬老の日、私と娘は弟夫婦の家に招かれた。




 弟の双子の娘と私の娘^^

 後ろに映っている背後霊は弟^^♪

敬老の日で父と母も一緒だった。
76歳の父と74歳の母は健在で、喧嘩をしながらも仲良く暮らしている。




 長老の父、
 ドン・アレハンドロ・タケ(*^^)v




弟の家では姪っ子3人がお母さんを手伝い、ご馳走を用意してくれていた。

久しぶりに大家族での食事を楽しんだ。

☆☆
私の母は家族が大好きで、父だけでなく子どもや孫までみんな大好きな人だ。
手作りのものをいつも作り、孫にあげるのが楽しみだ。

食事だって「お前たちが子どもの頃好きだった」といいながら、ハンパない量の煮物やから揚げをごっそり用意してくれる。

喜んでくれている!と信じて50年以上もそれを続けている。



しかしそれが私たち一族を苦しめていたことも否めない。



母はちっとも子離れしようとしない。

いつまでも自分が家庭での中心となっていたい、いや「いる」のだ。

子どもである私と弟を自分のそばから片時も離したくない。
たとえ結婚して独立していようが、子育てや仕事で忙しい日々を悪戦苦闘していようが、おかまいなし。

そして、自分のことを思っていてくれないと、また少しでも忘れていると小言が始まる。
「家族なんだから。思いやりを持ちなさい。」と。


母の愛は、限りなく大きく深い。  そして限りなく恐ろしい。
自分の愛が2世代3世代とその先までちゃんと届いて伝わると信じている。

母なる愛は永遠に変わることなく、死ぬまで思い続けるのが母の愛し方であり、それが正しいと思っている。

そう。。。確かに正しい。

正しい…
正しい。。。。。


でも、子どもにとってはその愛が正しかろうが間違っていようが関係ないのだ。

母の愛から逃げるため、私も弟も必死だった。
いや、今もまだそうなのだ。



私が思う「愛」も弟が思う「愛」も、母の愛から逃げることで始まったのだ。



それを「正しいから」という言葉で理解し受け止めるほどの力は、子ども側にはなかった。
それほど母の愛は普通ではなかった。



愛はもっと軽やかで、優しくて、自然なものがいい。

愛が束縛と押し付けをともなってしまうならば、その時からそれは愛の呪縛となる。
愛は苦しくて激しいものよりも、穏やかで流れる人生の時を微笑みながら見つめているもののほうがいい。


しか〜し!! 
50年かけてようやく私は、母の愛から脱出成功しようとしている。

私らしい愛し方で、母を家族を愛し始めている。


私自身が母になり、大人になるために子どもが親離れをしようともがいているのを見たときから、私の中に変化が生じてきた。



自分の昔を子どもの成長の中に見たからだ。



そして私は「母の愛」が子離れするのって難しい。
ということを理解できたのだ。



母の愛が間違っているとか、正しいとかではない。

母の愛し方が変わるとも思っていない。

それは私の母という人間の生き方なのだ。
今はそう思えるようになった。


人間て不思議だ。
夫婦も家族も恋人も子どもも不思議だ。

母なる愛は大地なのかな。

祖母から産まれた4人の子どもが今既に65人以上の血を受け継ぐ親族となり、曾孫の代が結婚して子どもを産む時代に入っている。
日本だけでなくアメリカやヨーロッパまで、地球上に広がって孫や曾孫たちは人生を送っている。


その全ての親族を私は知らないし、全員に会うことすら難しいだろう。
でも事実血は繋がり、祖母の愛は受け継がれ、世界中に広がっている。

愛が正しいとか、間違っているとか関係なく!




 母なる大地、私の母!


 お人形づくりも大好きで、
 娘や孫たちに配る






(欲しい方がいらしたら、メールください♪ 原価でお作りしますと母が申しています。)
(*^^)v


敬老の日久しぶりに大好きな家族と会い、食事や会話を楽しんだ母に
私は携帯電話をプレゼントした。


「お母さん、私とお母さんは家族割りなんだよ。家族通話が無料なの! 
いつでも電話してきていいよ♪」


母は下を向いて嬉しそーうに携帯電話を握り締めていた。

  • 2010.09.21 Tuesday
  • 19:27

こころの事

別れに卒業して 本物の愛を


人を好きになるって 不思議だね
自分に魔法がかけられて
生きたり 死んだりしちゃうから


最初からこんなに苦しむことがわかっていたら
本気で信じたりしなかった
愛にすべてを賭けたりなんかしなかったのに。


裏切られるなんて 思ってもみなかったよ
別れがくるって 考えたこともなかった…
幸せはちゃんと手にしたはずだった!


世の中 残酷すぎ!
どうしてかみさま!!


何度も夜空を見上げて 泣きじゃくったりして


バカなやつを 恨みたいやつを
自分を傷つけたやつを
思いっきり憎めたらいいのにって
大嫌いになれたらいいのにって
肩を落としたり。


でも…


片思いのとき、恋してたとき、愛されてると感じてたとき、

夜空も人生も違ってみえたよね

愛する人のそばにいるだけで

ドキドキして幸せだった


昨日までは目にもとまらなかった手すりの雨粒や
通いなれた道の端っこに 半分壊れている泥んこのお山、
風が気持ちよく吹いていることや
自分が着ていた洋服の色なんかが
いつのまにか綺麗に 輝いて見えていたっけ。



自分が別人になったようだったよね

ふっと笑ってみたり 思い出して泣いてみたり
幸せに酔って眠ったり 元気したりしてた



愛は永遠に続くと信じてた

ずっと ずっと ずっと。

       


ある時 鏡の中にいる自分から笑顔が消えた


お化粧する手に 力が入らなくて
マスカラつけても 涙ですぐ失敗しちゃって
鏡の向こうで楽しそうに笑ってた自分を
思い出すのが怖くて
鏡を見るのすら 嫌になった

   

そんなとき 何を言って慰めてもらっても
どんなに励まされても
ダメ…だよ
ゴメン・・・


頭ではわかっている
もう さよならなんだよなって。
二人は一つじゃ なくなるんだなってね
でも でもでもでも・・


ごめん ごめん みんな。
心配してくれてありがとう
大丈夫
きっといつか また笑えるようになるから


でも今は
どうか そっとそのままでいさせて
何か言われたら
ぐっと我慢してしまっておいた感情の波が
ざぶ〜〜んと溢れ、流れ出てきちゃうから



そう そうだった。
ごめん ごめんね 神様。
恨んだりして。 責めたりして。
どうか許してください。


でも… 
どうか私を見捨てないで。
ひとりじゃね さみしすぎるから


ごめん。ごめん・・・


でも


幸せだったよ わたし
ありがとう。


鏡に映ってる私にも ごめん。

お化粧も雑にしちゃって ごめんね。
目は腫れて 綺麗にもなれなくて…


ごめん。ごめん。ごめん(:_;)



そしたら・・・



鏡のなかの小さな天使がおしえてくれた。



「別れ」はね、本当に大切な ほんものの愛を探すために
与えられた愛の試験なんだよ

嫉妬や独りよがり
傲慢さやうぬぼれ、
自分勝手や 思いやりのない愛の押し付けを
自制することが出来る?

心から愛するってどういうこと?

愛されるって どんなこと?

なぜ 愛することは苦しみを生み出すの?

なぜ その人でないと ダメなの?!


それらを学べた人だけ 「別れ」に卒業できるんだよ



そして 別れを卒業するとね


あとは本物の愛に出会うだけ。



だから・・・ もう泣かないよ。




って。



別れも輝く時がくるんだよ

って。



ごめん。。。

そして
ありがとう。
私に 本当の愛を おしえてくれて。

  • 2010.09.09 Thursday
  • 21:24

こころの事

神経のハイジャック!

 ケニアで、「ある発信者がかけてきた携帯電話に出ると脳内出血で死ぬ」とのテキストメッセージが流布され、政府がメッセージを無視するよう警告する事態となっています。

 このメッセージは8月31日の夜に送信されたもので、
「番号が赤文字で表示された発信者からの携帯電話に出ると、脳内出血を起こして死ぬ」
といった内容で、該当する番号の一覧がリストアップされていました。

これまでに27人が死亡したことになっており、緊急に友人や家族に伝えるよう促していました。
AFPの記者も、このメッセージを確認したそうです。

 こうした事態にケニア通信委員会(Communications Commission of KenyaCCK)は1日、「メッセージを分析したところ、市民を恐怖と落胆に陥れることを目的に、卑劣な人物らが流した根も葉もないデマであることが判明した」
との声明を発表し、市民に冷静になるよう呼びかけました。

「脳内出血」に関しても、「高周波が原因で脳内出血が起こることは、技術的にも絶対にありえない」と説明したそうです。

ケニア最大手の携帯電話会社は、「アジア市場ではやった都市伝説の1つではないか」との見方を示しています。(c)AFP



恐怖心をあおってパニックを引き起こすことが目的の、卑劣で低俗な心理テロ行為的なものです。

「EQ こころの知能指数」を著したダニエル・ゴールドマンの言葉をかりると「情動と神経のハイジャック」とでもなりましょうか!


人が恐怖を感じると、脳にある扁桃核はただちに脳の主要各部に緊急事態を知らせ、戦ったり逃げたりするのに必要なホルモンの分泌を命じます。 そして運動を司る部分を覚醒させ、心臓血管系や筋肉や消化管の働きを活性化させます。 
そのとき人間の脳は興奮状態になり、感覚は鋭敏になるのだそうです。


上のようなメッセージが送られてきたとき、からだはどう反応しているのでしょう?!


●人は恐怖を感じると、血液は両足などの大きな骨格筋に流れ、本能的に逃げる準備をする。 脳の中では大量のホルモンが分泌されるように命令され、いつでも行動がおこせるよう緊張状態になります。
●予期しない状況にそなえて多くの情報を収集し、正確な状況判断や最適な方法・行動を探ります。 もしも情動をコントロールできず、不安な精神状態が続くようであれば、パニックや錯乱状態をひきおこします。
●怒りを感じると、血液は両手に集まり汗ばんできます。 心拍数はあがり、アドレナリンなどのホルモンが一気に増加して様々な動作に対応するだけの必要なエネルギーを作り出します。
●状況判断をし、的確に間違った選択を行なわないでトラブルを回避できるよう、全神経が集中します。冷静さが失われると、それまでに学習したことや記憶回路が、正しく結びつかないような事態が生じることがあります。

人の体の中で上のような反応がおこるとすれば、もしも心臓に疾患がある人なら心臓発作を起こしてしまうかもしれませんし、不安神経症を抱えている人なら恐怖心により正常な行動をおこせなくなるかもしれません。


メッセージが本当かどうかが問題なだけではなく、そのメッセージを見たことによって、人が心にどれほどの害悪やダメージを受けてしまうか、あるいは二次的な障害や被害を生じさせてしまうのかも大きな問題です。

このようなメッセージは無視して削除するに限ります。


  • 2010.09.02 Thursday
  • 16:27

こころの事

恋愛で知る自己肯定度〜幸せになるために〜

恋をすると人は盲目になります。
好きな相手しか目に入らない。
その人のことで頭はいっぱいになり、胸は激しく鼓動し、せつなくていったいどうしたかと思うくらい胸は熱くなり、自分を見失ってしまいます。


もっと一緒にいたい、相手のことを知りたい、時を重ねる思い出が欲しい…
恋愛シックに効果のある注射も薬もありませんね(^_^;)

house4.gif占いで相性や未来を知りたいと願うことは、二人が普遍の愛で結ばれていることを確信したい、信じたいという願望の現われでもあります。
もしも運命の人なのであれば、何とかして問題を乗り越えられるのではないか! 
そんな祈りもこめられているのですね^^♪



私たちは人それぞれに幸福の基準を定め持っています。

恋人がいること、結婚していること、安定した職業を持っていることや安定した収入があること、良い評判や評価を集めること、地位や名誉、成功を報酬として持つこと。夢や希望をかなえることもそうでしょう。
しかしそれは育ってきた環境や背景、親や先生を含めた大人の価値観や意見によっても異なってきます。


たとえば、学歴や地位、収入や外見など、自分が価値を置いている資質を持っている相手…つまり「理想の相手」と出会い恋に落ちたとしましょう。 

すると相手を好きでいる自分と並行して、無意識のうちに自分にコンプレックスが生じてしまうことがあるようです。

理想の相手が自分に好意を寄せてくれると「こんな素敵な人が自分を本気で好きになるはずがない」といった、自己評価の低さや無価値感が生まれてきます。

相手にふさわしい自分になろうと、相手の好きな分野であればたとえ自分の興味がない分野の勉強や仕事であっても熱心に取り組んだり、自分の意見を言うことに不安を感じて本音が言えなくなってしまったりします。

ありのままの自分では、無理にきまってる。という自己否定が胸中におこり、不安になり、好きな人が言ってくれる言葉ですら嘘のように感じ、否定的に解釈しがちになってきます。
自分を抑圧して、好きな人や友達などにあわせて生きようとするのですから、だんだん苦しくなってきます。



あるいはまた、何かちょっとしたことで喧嘩をしたり、食い違いが発覚したりすると、自分を肯定して生きる力を持っていない場合、自分と相手との境界を越えてしまうほど入り込んでしまうことがあります。
不安を打ち消そうと疑いをもち、恋人や夫の日記やメールを勝手に見たり、持ち物を探って自分を裏切っている証拠を探してみたりする過ちがその例でしょう。
自分がこれだけ思っているのだから、相手も思っているはずだ! でもそのような行動がともなわない。これは何かあるはずだ。と疑ってしまうのです。 相手には相手の思い方や形があることを認められないのです。

そうなってしまうと、恋人・夫婦であっても相手は自分とは異なる存在であり、自由意志と空間を持つ存在であることを認めることができません。
性格も、ものの考え方も違うことが理解できないか許せません。


相手のプライバシーを浸していることに気付かず、相手を自分の思い通りにしようとしたり、逆に相手の言いなりになったりということが起きてくることもあります。



恋をしてると人は相手と同化したいと願います。
幸せをおなじように感じていると思っています。

相手が自分と同じ価値観を持ち、幸福感をもち、同じ考え方をしてくれることが幸せの条件に思えるかもしれません。

でもそれは基本的に無理!です。
恋愛の盲目から目覚め、目をあけて日常に戻ってこなければなりません。



相手は相手のまま、自分は自分のままで付き合える「心の距離感」がたいせつです。
自分は自分の人生の主役であり、相手の人生では相手が主役です。

自己を肯定する力が乏しいひとは、恋愛をとおして自分を失うこと、または相手と同化すること、そして相手に振り回されてしまうことを惜しみない愛情と誤解してしまい、犠牲をはらうようになります。

そして相手がその犠牲に報いてくれないといって怒り、嘆き、悲しみ、惨めな自分をつくってしまいます。

恋は盲目とはいいますが、盲目こそが真実のキーワードです!

実は恋愛は本当の自分と向き合える最高のチャンスです。

自分を肯定できる人間かどうか、相手を尊重できる人間かどうか、そして「幸せになりたい」と願っている自分の主導権をちゃんと自分が握っているか、相手の主導権まで奪おうと侵入していないかを見極め、確認できるかどうかが運命の分かれ道です。


自己肯定度が高いか低いかは、なかなか日常の自分ではわかりません。
恋のチャンスをつかみ、幸せを手にしたいと願うのであれば、自己肯定度を調べてみることをおすすめします(^_-)-☆


  • 2010.08.29 Sunday
  • 16:34

こころの事

愛が輝くとき

与えたくても 与えられない
伝えたくても 伝えられない
会いたくても 会えない
願っても 求めても 叶わない

ずっと時は刻まれているのに、まったく何も変わらないまま
心の奥底 魂からつき上がる思いは 泉のようにずっと湧き出でる

思えば思うほどに 気持ちは高まり
心は熱く苦悶する
とめどもなく流れる涙を とめることすらできない

どんなに苦しくても
どんなに辛くても
どんなに恋しくても
どんなに切なくても

思う心を止めることなど できない

何度も思いを断ち切ろうと試みた
繰り返し 思ってみた


でも・・無駄な苦悩を繰り返すだけで
しばらくたって自分を振り返ると
やっぱり魂の中でその思いは 
そこに そのまま あり続けている




そして 思うようになる



あのひとが幸せなら いい
元気なら いい
笑顔なら いい
そう 心に決めたから。


そうだ! ふたりが出会った縁を信じよう。


この思いが 愛が 永遠になるよう

大好きな気持ちが 届いてくれるよう 
祈りつづけよう。



愛するひとのために 自分のすべてを捧げてもいいから

神様どうか


どうかもういちど


あのひとに会えますように。
思いが 届きますように。



思いを天に託した瞬間から
愛はきらきらと輝きだす


そしてそれを見た天使は 
その 本物になった愛と思いを 
そっと相手のもとへと運んでゆく


寝静まった真夜中にやってくる
サンタクロースのように

こっそりと相手の夢枕に
愛と思いを
おいてくる


愛は永遠となって、輝き始める



素敵な 愛の天使さん
輝きをありがとう♪



  • 2010.08.14 Saturday
  • 21:00

こころの事

想像力を鍛えると相手の心が読める!

鏡に映った自分の顔のイメージは、人格を認識したり気持ちを理解したりする上でとても重要な役割を果たしている。

脳科学者・茂木健一郎氏はいいます。

                    

すべての動物の中で「自意識」を持つ人間だけが鏡を常用する。そして鏡がわたしたち人間の自己イメージ、自己意識の進化や発達に大きな影響を与えている。

つまり鏡に映っている姿を見て「それはわたしである」と認識することができること自体、かなり高度な認知能力なのだそうです。



鏡に映るその姿が脳の中で「自分だ!」とわかることで、鏡の中の自分を見て美しくありたい、化粧をして創作する、自分の顔が持つ特徴から自分を知るなどの認識力が生まれ、「自分」という人間像を形成していくということになるわけです。


また鏡を見て「それはわたしである」と認識できる能力が発達していると、他者の心や考えを推量できる共感能力も同じように発達していると考えられるといわれています。

そこではミラーニューロンという能力が必要で、自分と他者との行動を同じようにコード化し、感覚情報と運動情報が渾然一体とならなければ本来の能力にはならない。
そしてそれが自分では出来たと思っていても、その鏡に映る自身の顔の裏にある感情の幅や変化、状況や影、無意識に湧き上がる心情などを想定できないと「他者の心を読み取る」ことは難しくなるそうです。


他者の心を読み取る=「想像(イマジネーション)」する能力ということにもなるわけです。

鏡を見ているとき本当に心から喜んでいるか泣いているか、悔しいのか寂しいのか、自分の心の奥行き、苦味、隠れ道やごまかしなどがないかなど、自分の内面と対話ができるようなイマジネーションが働いているかどうかなのです。
その訓練こそ「想像力」の強化となり、他者の心を読み取るコミュニケーション能力につながっていくのではないかと考えられます。

相手を知るにはまず己を知る。
これは人間の本質を捉えた真理です。

鏡はそのための大切なツールだというわけですね。



そこで注意するのは、想像と妄想は違う、ということです。

想像力を強化する訓練をするためには、自分の心は常にニュートラル状態でないと上手くいきません。
偏りや勝手な思い込みで自分の想像力を働かせると、妄想にならないとも限りません。


心をニュートラル状態にするということは、自分の思いすぎる傾向をいったんリセットかけてみるということ。
自分の知っている経験や知識、問題解決方法からいったん離れて、拘りをなくすことです。

そのように訓練した後に、ニュートラル状態になった純粋な自分の心を反映して鏡を見てみると、それまでに見えなかった真実や自分の顔にある表情の裏にある拘り、思い込み、妄想などが浮かび上がって見えてくる。というわけです。

              

想像力は神が人間に与えた最高のギフトです。
人類の進化は想像力のおかげといっても過言ではありませんね。




他者の心を読み取る能力をつけるには、まず自分の心に柔軟性があること、そして人間の本性や心を思い量るだけの想像力があることが大切だということになりましょう。

鏡を見て、イマジネーション・トレーニング してみませんか?^^!

  • 2010.08.08 Sunday
  • 20:00

こころの事

封印された悲しみ

出会いと別れ、失恋や叶わぬ恋、失敗や挫折、
どう頑張ってもどうすることも出来ない人生の辛さ・悲しさ…

人はいっぱいいっぱい持って生きています。
思い出したくないこと、抱えて頑張ります。

時がたてば忘れる!

そういわれた言葉を信じて、泣きながら時が経つのをひたすら忍びます。


みんなみんな同じです。

しがみつきたくて、現実を信じたくなくて、まさかの出来事に心は張り裂けそうで、感情は乱れ、精神はずたずたです。

だから人は必ず悲しみを心の奥底に封印します。
それが生きるために必要だから。

     

人は悲しい思い出を封印して生きています。
思い出すと苦しくて辛くて生きるのが嫌になっちゃうから。


☆彡

ようやく悲しみを封印し、時が過ぎて幸せに近づいてきたとき、ふと自分の封印していたものをテレビや映画の1場面で見つけ出すことがあります。

手が止まって一瞬固まります。
うなだれてしまいそうな自分をこらえます。
「今はもう幸せなんだから!もう大丈夫なんだから!思い出したくないんだから!」と。


その時の思いに共鳴してしまう匂い・音楽・物・風景に少しでも出会うと、悲しみは溢れこみ上げてきます。

時間をかけて乗り越えてきたのに、ふっと時間を忘れてそのときの感情に戻ってしまいます。



そこには心の不思議があります。


無意識はやっぱり辛かった自分を受け止めてほしいと、封印の鍵を勝手にあけてしまいます。

せっかく乗り越えた悲しみ・苦しみなんだから、もう見たくない。聞きたくない。思い出したくない。終わったこと!なんだから!!!


でも…それはほんとうの自分じゃない。
ただ封印しただけなの。違うの。

悲しみを封印していても、いつかは解かなくてはならない「時」もやってくる。

忘れるようにと手を貸してくれたはずの「時」が、その悲しみをふたたび思い出すようにと働く。
そう。思い出すのにも「時」があるの。



悲しみの扉を開けて、もう一度本当の自分を見つめてほしいから。
悲しみのなかにある自分も、自分の一部だから。
そうして受け止めてから、ほんとうの自分で本当の幸せを手にしてほしいから。

    

無意識は聖なる時の王者にいわれるまま、悲しみの扉の鍵を開けるときがあるかもしれない。

そのときは封印をといて、悲しみに向き合ってみましょう。


辛かったあの時のこと、忘れられない苦しみを抱えていた時のこと、迷路の中で泣きじゃくっていたあの頃のこと、今の自分なら受け止められる。

受け止めて慰めて、理解してあげられる。


今の私ならきっと大丈夫。
だから封印が解かれる。


そう信じて、自分の悲しみを受け止めてあげましょう。
悲しみよ、こんにちわ。って。
  • 2010.07.02 Friday
  • 21:56