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  • 2018.04.13 Friday
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脳で生まれた感情vs心で感じる感情



脳の機能や仕組みについて研究されている「脳科学総合研究センター」の調査結果によると、快・不快情動や喜び・悲しみ・怒りといった原始的な感情、喜怒哀楽、また愛・憎しみ・憂鬱やキレるなどのような人間独特な感情も含めて、それらの感情は、ものを見たり聞いたりするのと同じように、脳で生み出されているのだといいます。

心の機能と同様に、脳で生み出されている様々な感情のメカニズムが、しだいに明らかにされつつあるのだそうです。
たとえば、脳の左右両側にある側頭葉の「扁桃体」という場所は、快・不快の判断を行っていると考えられていて、そこが壊れると、恐れを感じなくなったり、自分にとって好ましいものと、そうでないものの判断がつかなくなったり、感情が理解できなくなったりするのだそうです。
奇妙な行動をとるとか、自分にとってどの程度喜びをもたらすものか嫌なものかを区別することが出来なくなるので、たとえば自分に対して非常に憤慨して怒っている人に対しても平気で話しかけてしまったりするようで、そのような現象が生じると、争いに巻き込まれてしまう可能性もあるのだそうです。そしてそれは「ウルバッハ・ビーテ病」という病気の原因でもあるともいわれています。


脳をつくっている主な細胞をニューロンといい、このニューロンとニューロンの間でやりとりされるのが、神経伝達物質です。
また、神経伝達物質のひとつであるドーパミンは有名ですが、このような物質が心の働きに大きく影響を与えているといいます。神経伝達物質(ドーパミン)の量や作用の強さが心の働きに影響し、幸せな気分をおこしたりするので、脳科学では、このドーパミンの放出と受容が、脳内自己刺激で快情動がおきる「からくり」だと考えているようです。

さらに、脳の中には「喜び」を生み出すという回路まであり、ドーパミンをたくさん放出させることで、喜びという快情動が一層引き起こされ、食事や睡眠・性行動などのような本能的行動を優先させることなく、快情動を興奮させ活動的にさせることも出来るようです。(覚せい剤や麻薬などの摂取もこのような仕組みによると考えられています)

このように、脳の様々な箇所の細胞には、快・不快情動において、好きなもの・嫌いなものに強く反応するものがあったり、どの程度の喜びを自分にもたらすのかを判断するものがあったり、また喜びや不快感をもたらすものが何かを知っているものがあったりして、そのメカニズムの発見は単純ではないが、多くの可能性を秘めているのだそうです。


人間のすべての感情や思考が脳で生み出され、決定され、人間の生活を支えているのだとすれば、人間の生きる意味・存在価値とは何なのだろうと考えさせられてしまうような調査結果ですね。

さて、仮に心で感じる感情すべてが、ドーパミンのような神経伝達物質の影響であるとすれば、たとえば愛する人と初めて結ばれるときの幸せドキドキ感も、初めて出産を迎えて苦痛の極限の向こう側でしわくちゃの我が子に対面したときの感動も、自分の夢が達成した瞬間の感激も、すべては情報を持ったニューロンから放出された化学物質の量と強さによるものであるということになるわけです。

そしてそのような感情体験が欲しければ、ドーパミンを多く放出できるような仕組みさえ発見すればいいのだということになりはしないでしょうか?
そうなったら、素晴らしい感情体験がいつでもどこでも経験できるようになるわけで、わざわざ身をもって体験することなど必要なくなってしまうのかもしれません。
・・・悲しいこと・・・ですね。


では、心で感じる感情を脳内物質だけで片付けられないという特殊なケースはないのでしょうか??

それは「予想不可能な現象」や「ありえないこと」、そして「奇跡」や「人智を超えた現象」などがそのケースにあたるのではないでしょうか。
たとえば、人が死を体験して甦った事実や、幽体離脱現象、透視やESP、病気の奇跡的な癒し効果、おどろくほど不思議な火事場のバカ力・・・など、脳が予測や証明できないようなことを体験することによって、生まれた感情や記憶、またその体験による意味と価値の認識力による影響や効果などは、「扁桃体」が壊れてしまったことが原因であるとか、ドーパミンにとって変わる別の特別化学物質が原因であろうとか、遺伝子の異常による影響であろうとかのような判断で片付けられるようなものではないのではないでしょうか。


私は脳科学についてはまったくの素人で、何の知識も研究体験もありませんので、専門的なことはわからないですが、心に感じるドキドキ感まで「脳」に関与されたくないというのが、心感情推進派の人間としての本音なのです。


「脳とクオリア」「脳と仮想」などの著者でもあり、「脳のアハ体験」としても一躍有名となっている脳と心の関係を探究し続けている茂木健一郎氏によると、私たち人間一人一人の身体組織の中には、過去の長い進化の歴史の中で刻み込まれてきた様々な痕跡が残っていて、生命記憶や江戸時代などの生活感情の痕跡や、進化の歴史における前世の体験の記憶などのような「思い出せない記憶」は、当然存在していると考えられる。と述べておられます。

脳と仮想
脳と仮想

そのような記憶や、自分がその場にいないのに自然に湧き上がって溢れてくる感情のメカニズムについては、心や魂などについて知ることと同様、宇宙的な見方、また哲学的な見地によってしか、探ることのできない世界のことのような気が致します。


もともと私たち人間は進化とともに海から陸に上がってきたのですから、太古の昔に遺伝子に記憶された水の中での記憶があっても不思議ではなく、だからこそ浦島太郎の竜宮城のようなおはなしが心の潤いとなるために語り継がれているのでしょうし、また魔術や魔法が力の玉手箱として霊界から降りてきて、ハリーポッターのようなファンタジーが人気を集める理由でもあるのだと思うのです。

脳は心の体であり、心は魂の器です。そして魂には自分の感覚が宿っており、霊には神が宿っておられ、霊と出会うことができる場所が魂の中だと私は考えています。


ですから、脳が心の様子を映し出すのも最もだとは考えますが、心がなければ脳はただの肉の塊です。
そして心に魂がなければ、自分の生きる力や魂の叫び、感動は味わえないでしょうし、魂を心に持っていなければ、霊と出会うことはできないわけです。

脳と心の関係は、科学して理解できるような関係ではないと思います。
「脳vs心」ではなく、「脳and心」として認識して生きてゆかないと、真実の女神は微笑んではくれないような気が致します。
  • 2007.12.12 Wednesday
  • 11:13

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