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  • 2018.04.13 Friday
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アクバル(夜)の光と闇

神が「光よ。あれ。」と仰せられた。
すると光ができた。

そして神はこの光とやみとを区別された。
神はこの光を昼と名づけ、このやみを夜と名づけられた。 
大きいほうの光るものには昼をつかさどらせ、
小さいほうの光るものには夜をつかさどらせた。 創世記1章

光はやみの中に輝いている。
しかしやみはこれに打ち勝たなかった。 ヨハネ1章


マヤ暦の神話では「夜」「闇」について、こう教えている。

夜 アクバル(Akbal)


アクバル


夜のサインを守護するのは「テペヨリョトル」という神。
「山の心臓」とも呼ばれ、ハートチャクラのエネルギーの人格化。

これは「世界山」そのものの内側にある霊的なエネルギーをあらわしている。そしてまたこの「テペヨリョトル」は火山をも支配していて、真昼の世界に噴出する心の無意識の力の象徴とも言われている。

アクバルは「神殿」「地下の暗闇」「大地の父の化身」を意味する、群をぬいてすばらしい智恵のサインである。

暗い洞窟…つまり、心の地下にある「闇の家」に住んでいて、絵文字や翡翠を守っていた神秘的な番人は、女性だったと伝えられている。

翡翠は古代中央アメリカ人にとっては、高価で魔術的な財産であり、絵文字で記された「聖なる書」こそ智恵の象徴であった。

この意味としては、「聖なる書」の智恵は、個人的な「闇の家」の奥深くでのみ発見されるものであり、そこへ人間である私たちは旅をし、闇という恐怖と直面し、エゴや自我を降伏させ、そして新しい誕生へと至る。
そしてその時、試練はすべて霊的な宝物に変容する。という神話としての意味をもっている。



一人の男性がいる。

彼は「夜・7」というサインを持ち、「夜」という暗闇の中で人生の大半を過ごしてきた。しかし彼の闇は普通の闇とは違っていた。



現実は恵まれている環境に生まれ、日本のトップ3に入る大学を卒業した両親を持ち、彼自身のステータスも頭脳も相当なものだ。

つまり、彼は昼の太陽光のなかで輝けといわれ続けた月であり、本当の闇も夜も光すら知らない「夜」自身なのだ。


無気力と無力感、捉えようのない不安と恐れが彼を捉えて離さなくなったのは小学校のときからだという。ある出来事がおきてから、彼は自分の扉を完全に閉ざしてしまった。

そしてひたすら望まれるままに、生きた。

自分の意思は決められた世界でしか使われることがないまま、スイッチの入った時限爆弾を自分の心に入れたまま、ただ時間を生きるしか道はなかったのだ。


本来信仰、知識、自然、科学、医学などの学問や芸術それら全ての光が照らすのは、闇の領域のはずである。

けれども、それらは彼の心の闇に光を届けられかった。



では人間社会の闇はどうだろう?

救ってくれるはずのない社会の闇に希望を抱き、彼は今度は逆走した。
女、セックス、ドラッグ、酒、暴走…

それらも「何か」を残しただけで、それが「何」かわからないまま光を見つけることはできなかった。

これらは愚かしいことだろうか?
私はそう思わない。

なぜか。

光が及ばないからこそ「闇」なのだから。
手当たり次第にもがいてみなければ、光が本当にあるのかさえわららない、見つからないほど闇に輝く光は小さいのだから。

どんなに光が闇を把握しようと、照らし出そうとしても
それは所詮無理なことに、人は気づかない。

では彼を救うことのできる光はいったいどこにあるのだろうか?


「闇」は「闇」が見たことのない「光」でしか「闇」を消滅することはできない。
「光」は「光」が見たことのない「闇」を認識するしか「真実の光」を知ることはできない。



「闇の中で、闇を把捉するような何らかの光が輝きはじめる」ならば、闇は消滅する。というのも、当の光がもはや闇の論理では解明できないような光であるときにはじめて、闇の光への憧れは満たされる。…つまり「闇が把捉したことのない光」だけが、闇を照らしだすことができる。 C.G.ユング

人間の精神を満足させる光がある。それは「神の尊厳の反射光」だ。
カウシヌスは教えている。


こう例えてみる。

彼の両親は「光」、彼は「闇」だ。

彼が今まで知ることも見たこともない両親の愛や光でしか、彼の闇を消滅することはできない。
そして両親は、両親がまったく予測できず知りえない彼を把捉することでしか、本当の光と愛を知ることはできない。
と。


ユングのいうように「闇が把捉したことのない光」で、カウシヌスが教えるように「神の尊厳の反射光」であることが、彼の精神の闇を打破する光になるはずなのだ。


ひとたび閉ざしてしまった心が開かれ光の世界に生きていくためには、自らを光に差し出す覚悟がないと、すぐに闇の力に引き戻されてしまう。
闇はそれくらい人を虜にする魔術と魅惑があるから。


古代マヤ人が神という光に生贄を捧げるという風習は、そういった象徴的意味があると私は思っている。

光の世界を求めるだけではダメなのだ。自分を光の世界に引き上げてもらうためには、自分を捧げる勇気と光の導き手が必要だろう。

黒曜石

私は彼の存在を通して「夜」に輝く本当の光を知った。
そして「アクバル7」というデイ・サインを通して、暗い洞窟で光っている黒曜石の美しさを知り、ハートチャクラエネルギーと冥界の智恵がどれほど素晴らしいものかを知った。

彼には今まで使ってこなかったサイン、闇の中に葬っていたサインがある。
「水13」のサインだ。
高価で神聖な石「翡翠」と「水」は、生命力と新鮮な驚きの感覚をもって、13の力で存在している。とてつもない芸術的なビジョンに恵まれているサインだ。彼にはその力を使う自由がある。


彼の闇が開けるのも、闇が把捉したことのない光が昇ってくるのもそう遠くはない。

今まで私がみたことのないような美しい光が彼の心に訪れるのだと、私は心から信じている。
  • 2009.08.22 Saturday
  • 17:49

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