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  • 2018.04.13 Friday
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地球学

性の認識



男女を表わす記号があります。
は雄を表わし、は雌を表わします。
調べてみると、これにもちゃんと理由があるようです。

は火星の記号としても有名です。ギリシャ神話に登場するマルスという神が、手に盾と鉾を持っている姿を描いているそうです。
また、、の記号は金星を示し、神話の中では美の女神ビーナスを言います。その女神が美しい自分を見るために持っていた手鏡をシンボルとして用いたと言われています。

ここでいう(オス)とは、人間以外の動物を性別する際に使う表現で、主として動物の中で精子を作り出す個体を言うのだそうです。
また、、(メス)は動物の中で子供や卵を産む方を指すのだそうです。



さて今度は人間の男女についてみて見ます。

人間を生命体として種別するなら、動物であることは誰でも知っています。男性はちゃんとオスとしての機能を持った個体ですし、女性は卵を作り子どもを産む機能を備えています。
そのことから、人間の男女は、動物として生きることと何ら変わらない肉体的意味を持っていることが理解できると思います。

ところが、人間は動物とは違うものを持っている高等動物です。

その中で最も異なるもの…それが「頭脳」ですよね。
人間はその頭で考えることが出来ることで、自分がただの動物ではなく、社会を築くための一員となる「人間」であることを知ることが出来るようになったのです。

ここで気づくことが一つあります。
それは、人間は「動物の性」と「頭脳を持つ人間としての性」の二つの要素を持っている。ということです。

本能とは、生命体にもともと生まれ備わっているもので、命を、守ったり繋いだりするための力や機能のことをいいます。

本能は、大きく分けると「生存本能(生命を維持しようとするもの)」「種存本能(自己または種の遺伝子を子孫に残そうとするもの)」「存在本能(上の本能を補助する、自己の存在をアピールするもの)」となり、その中でも3番目の「存在本能」が無ければ生きる意味を見いださないともなり得るのが人間だといいます。

欲望の本能にまかせて生きることは、「動物の性」の本能から考えればあり得ない現実ではありません。けれど人間である以上はもうひとつの性を持っていることも忘れてはなりません。「頭脳を持つ人間としての性」です。


例えば本能の赴くままに、男の人が好きな女の人の体に触ってみたいと思うとします。これは「動物の性」から見れば自然の現象なのだと思います。ところが「頭脳を持つ人間としての性」はそこで考えるのです。
「道徳、約束、けじめ、相手の気持ち、社会的立場、責任、計画…」
そして多くの要素を考えながら、自ら持つ「動物の性」の思いと照らし合わせて結論を出していきます。
それが「人間」だからです。

ところが考えることなしに、行動を起こしてしまうことや、無理やり自分の思いを押し切ってしまうことは、人間として自分の中にある「頭脳を持つ性」に反してしまうことになります。

つまり人間は、二つの性を持っていることを認識して、社会の中で自分を確立させていかなければならない動物だということなのです。

ジェンダーについてはナイーヴでセンシティブな問題を孕んでいるため、ここで一つの定義を持ち出すことはできませんが、性の認識に至ることについては、男性も女性も本来の人間としては同じでなければならないはずだと思うのです。

性の認識方法が違っていたり、背景の考え方が違っている、見方が違っていたり、認識過程が違っていることや立場によって違っていることはあっても、性の認識が生命体として同じ地点に到達しない限り、より大きく高い視点から性差を認識することは難しくなってしまうのだと思います。

性差については多様な見解がありますが、性はたった二つしかありません。性の認識が正しく出来ないと、性差を論じる際に誤解が生じてしまうのではないでしょうか。

男であることや女であることを論じる前に、まず「人間」としての「性」が一体どのようなものなのか、頭脳を持つ人間としての性が何を意味しているのかを考えてみるべきなのではないか、と私は思うのです。




近代社会においては、頭脳を持つ人間としての性が確立されてきて、男女の性差が無くなりつつあります。
男女がともに創る未来社会は、次第に希望あるものとなりつつあるのかもしれません。

しかし一方「動物の性」としての認識は減少しつつあるように思います。
種族保存の本能が減少傾向にあるように感じています。


地球の未来に異星人がやってきて、人間よりさらに進化した新しい動物の種を置いていったらどうしますか?
私たち人間はあっという間に新種の動物に支配されてしまいます。
第三の性となる種が蒔かれる前に、男女が手を取り合って人類の未来を守り育てない限り、地球未来に希望はなくなってしまうかもしれません。

         

性の認識は、難しくなんてありません。
小さい頃から子どもに「人間の性」としての視点を教えていけばいいのです。

「○○さんは、女の子だけどお猿さんかな?人間かな?」
「××さんは男の子だけど、お猿さんのオスとどこが違うのかな?」

当たり前のことなのに、ここにどれだけ大切な認識が隠されているかを動物の性にのみ視点を合わせて生きている大人には、理解することができないのです。

  • 2007.08.13 Monday
  • 10:48

地球学

生命の誕生と「核」エネルギー



▼「核」という武器

「核」…どれほどたくさんの尊い生命が、そして何の罪もない人々が、この恐ろしいエネルギーの犠牲となってしまったことでしょう。



私たち人類の歴史と、世界平和を願う軌跡をたどれば、そこには否定することのできないたくさんの悲しい事実を発見します。
核爆発による破壊は、一瞬にして目の前にあるすべての現実を、まるで消しゴムで消してしまうかのように、きれいに「無」に戻してしまいます。
その力は、町も、谷も木々も住民も、目の前でたったわずか数秒間で、あっという間になくしてしまうことのできるマジックか、「超」のつくエネルギーに間違いありません。

日本の広島や長崎がターゲットとなった諸史実はもちろんのこと、現代に至っても北朝鮮の核問題などを見れば、世界の人々を恐怖に陥れるには最強の武器になっていることを、痛感せざるをえないのではないでしょうか。



▼古代にあった「核」爆発?

この「核爆発」が、地球のはるかな古代に存在し、太古の核戦争が起こっていたのだとする仮説をたて、研究している人がいます。
古代史研究家や考古学者らは、地層研究や遺跡研究などによって、その仮説を証明しようとしています。

ムー 2007年 05月号 [雑誌]
ムー 2007年 05月号 [雑誌]
大沼 忠弘

詳しい内容は、著作物や出版記事を参考にしていただくことにして、ここではポイントをあげて説明してみたいと思います。

1) 北アフリカ・リビア砂漠で発見された黄緑色のガラス塊の出土
2) イスラエルの遺跡で、砂の層が溶解して緑色に変色したガラス層の発見
3) サハラ砂漠南部で、緑色のガラス層を発見
4) ブラジル・ピアウイ州の遺跡の岩には、赤い金属が溶解してこびりついている
5) ペルーのクスコ近郊では、山の岩が溶解し高放射熱によってガラス化している
6) スコットランドのタップ・オノスにある遺跡の壁には、原因不明の高熱でガラス化している



これらの発見から事実を解明しようとすると、いずれもかなりの高熱にさらさなければ、このような「ガラス質」状になることはないという結果につき当たるのだそうです。
「ガラス層」は、地中にあるガラスの元となる珪素が、セ氏約1400度を超えるほどの超高温にならないと、形成されないのです。
現代の地球上で考えうる「超高熱」が自然界に生じる要因として
1) 隕石の激突
2) 熱核反応
しかない、というのが結論なのだそうです。

原子力は誰のものか
原子力は誰のものか
ロバート オッペンハイマー, Robert Oppenheimer, 美作 太郎, 矢島 敬二


これらが今後の調査と研究によって、どこまで科学的に立証できるかどうかは、まだわかりませんが、筆者は記事の最後にこう書いています。
「本当に古代において核戦争がおこっていたとしたら・・・ひとつだけ確かなことは、彼らは「核」というエネルギーを平和的に利用するのではなく、戦争に用いたため、滅びの道を歩んでしまったということである」



▼生命誕生の「核」

「核」というエネルギーは、人間という小宇宙を形成する「結合の神秘」を象徴する概念としても理解できます。 生命の分子構造を学んだ人であればすぐわかるとおり、生命の「核」となる「核酸」が、親となる細胞「DNA」や「RNA」を形成し、「種」として親から子へと受けつがれていきます。



また、生命誕生の起源を追っている学者の一説には、約40億年前から38億年前のどこかで地層にできた黒いシミ(炭素のかたまり)が、何らかの生命活動の素となり、誕生したのだとするものもあるのです。

「最初の生命」への探究は、ダーウィンの進化論やインテリジェントデザイン理論を見てもわかるように、人類共通の知的探究心のような、憧れに近いものがあるようです。そしてこれらの探究は、一見すると「核」エネルギーから遠く離れたものであるように感じます。しかし、私はそうではないと思うのです。



「核」が超のつくエネルギーを持ち、どれほど人間に影響を与えるか、人類の歴史を一瞬で変えてしまうほどの力を持っているかを探り、生命の神秘と謎を誕生させたり消滅させたりすることが出来るかを、小宇宙の核と照らし合わせることで、私たちは学び取ることができると考えるからです。

「DNA」の継承によって、赤ちゃんが親に似ることも、親子として血の情報が同じであるにも関わらず、敵意が生じ殺害が起こるという現象も、また核エネルギーが地球のため平和的に使用されるのではなく、戦争というマイナスの要因によって使用されたという事実も、決して異なる素因を持つ「あやまち」ではないと思うからです。


▼心と「核」



「核」という超エネルギーを、「使う道具」と化してしまう人間の愚かさ、「神」という超存在を、「自分の思いのままに願いをかなえてくれる猫型ロボット」のような道具と錯覚してしまう、人間の心にある「恐ろしい悪」ゆえに、すべての現象は生じているのだと理解することができやしないでしょうか。

人の心はもともと、自己中心的な素として誕生しています。
それはまるで、自分を中心に人が動いてくれたり、理解してくれたりすることを「嬉しい」と感じる本能を持っているかのようです。
ほとんどの人は「自分」中心説を社会に提供しています。

地球が太陽のまわりを回っているのか、それとも太陽が地球のまわりを回っているのかという大難問に「地動説」という新しい説を提案したコペルニクスによって、近代天文学は誕生したのです。



そのようにちょっと視点を変えて、自分が思ったり見たりしている現実から離れ、第三の視点から物事を冷静に判断し、捉えることができるならば、人間は過去の過ちや古い概念に縛られず、たくさんの教えを受けることができるのだということではないでしょうか。

古い革袋に新しいぶどう酒を入れるような愚かさを、もう繰り返してはいけないのです。新しいぶどう酒を入れる新しい革袋を持つことが必要とされているのだということです。


▼「核」の実体

「核」は、直接私たちに語ることも、稼動を拒否することもできません。
「核」は実体を持たない超エネルギーの「素」に他ならないからです。
それなのに「核」は、存在だけで世界中の人々を震撼させ、圧倒します。
「核」による被害は、町を飲み込むだけでなく、人々を混乱に落としいれ、精神と肉体を破壊し、「愛」を人々から奪い去ります。

「核」自らが行動を起こして、被害をもたらしているのではありません。
「核」の恐ろしさを利用した者、また「核」という人間の力を超えた「超エネルギー」に意識を同調させた者によって、「核」の素は力となって解き放たれてしまうのです。当たり前なことを言っている!と思いますか?
それは人間の傲慢さです。

殺人もテロ行為も、生物化学兵器や核兵器による威圧も、決して平和を生み出すものではありません。
「核」本来のエネルギーを化学という世界からのみでなく、「生物学」「天文学」「心理学」「量子物理学」など様々な視点から研究し、認識し、純粋に人類と地球の平和を願うものたちが、「核」の素を封印することができたとき、初めて「核」は平和な武器として、人類に力を貸してくれるに違いないのです。

ロバート・オッペンハイマー―愚者としての科学者
ロバート・オッペンハイマー―愚者としての科学者
藤永 茂

私たちは古代から続く史実の過ちから、多くの「学問」というフィルターを通して、「核」の実体を視ることが、多くの失われた生命に対する供養となり、また新しい未来への架け橋となるのだと思うのです。
  • 2007.05.06 Sunday
  • 16:50

地球学

インテリジェント・デザイン新理論の未来



インテリジェント・デザイン(ID理論)については、このブログで2回紹介させて頂きました。
私のようなド素人が書いているので、読むに値しないと思われる方も
いらっしゃることでしょう。
それは仕方のないことです。
何故なら本当のことだからです(*^_^*)

ですから言い易いということも又真実なのです(^^)v

私がID理論を最初読んだとき、衝撃を受けてアハ体験を致しました。
それは、ID理論が素晴らしかったからではありません。というと語弊が
あるかもしれませんが、ID理論を展開している多くの学者たちの思考す
る道筋に光があることに感動したからでした。そのことが鮮明に私の思考
にイメージの打撃を与えたため、理論の正当性や是非に意識が行かなかっ
たというのが正直な意見かもしれません。


茂木健一郎氏の提唱する脳体験…アハ体験の素晴らしさは、発見したとき
の驚きに近い衝撃を脳に受けることだと思いますが、それをID理論で実
感したと言っても過言ではないほどに衝撃的な発見でした。

私が何故このID新理論にそれほどまでにアハ体験をしてしまったかを今
回は紹介してみます。
ド素人の意見ですから簡単に受け流していただいて全然OKです!


私たち人が普通に生きて生活しているとき、人類の起源がダーウィンの進
化論が正当な理論として成立していようが、インテリジェント・デザイン
理論によって正当だと一新されようが、日常的に何も影響を与えることが
ないし、別に関係ないよ! と考えている人が今は大半だと思います。

でもこのID理論がもしも
〔あなたの未来を億万長者にしてくれる理論だよ!!〕
と誰かに言われたなら、誰しもが
「何?!なに? そんな魔法のような話しがあるもんか!!」
と言いながら興味を示すのではないでしょうか。

人間の意識はそのようなものであることが普通です。

それは科学者を始めとして人間がそのような教育を受けて歴史上繰り返し
て存在してきたからであり、またダーウィンの進化論が一番新しい正当な
理論として科学が認め、唯一人類の社会概念を保護して継承させうるに値
するものであると認めてきたからに他なりません。


例えば
「あなたは人はどのように誕生したと思いますか?」
という質問を現代人に問いかけたとします。

21世紀に入って90歳以上という人たちに聞いたなら、答えの大半は
「神様がおつくりになったんじゃろう」
と答えるに違いありません。
また、小学校に入らないような小さな子どもに聞いたなら、
「えーとねえ、お母さん!」
とか
「え〜〜とね、ウルトラマン!」
とか
「神しゃまだよ!」
などと答えるに違いありません。

さて、ここからです。
小学校に入り、自分という人間を意識し始めた頃から、もうじき死を迎え
るであろう高齢になり、人生の終盤を迎えつつあるまでの意識が現代社会
に対応しているまでの間に生きる人間たち全てに聞いたらどうなるでしょ
うか?

「それは現在のところ、猿から進化したってことになってるよ」
とか
「ダーウィンの進化論を知らないのか?!」
とか
「宗教を信じるなら『神』と答えるだろう」
とか
「地球に初めて誕生した生命はバクテリアじゃないか?!」
など様々な答えが返ってくることでしょう。

しかしこれらすべての答えは「教育」という上に建設された概念であり、
思考であり、意見であり、思想であり、定義であり、信仰なのではないか
と考えることは出来ないでしょうか。

ということはつまり
社会的に存在している人間が正しいと認めたり考えたりする思考の土壌は
後天的に形成された場所である「教育」によってしか「知ることが出来ない」
というのが真実なのです。

この「教育」の場面は、学問の場だけでなく、人類が学ぶことの出来る全
ての場を指しています。
たとえば、「家庭」も教育の場であり、「学校」もそうですが、「人」の
口伝や伝承、書物もまた教育の場となります。
科学上正確な記録と観察により導き出されたものを基準として構成されて
いる「科学上の真実」もまた「教育」という場の一つとなるのではないで
しょうか。

さて、これを私は後天的に形成された思考する意識だと考えています。
人は「教育」によって生育する生きものです。
生まれた赤ちゃんは両親によって保護され、愛情と食事を与えられ、健や
かに成長していきます。そして、両親や身近な人間によって「教育」を受
けて育つのです。
人間社会に誕生したことによって、獲得するべき必要な概念や認識を得る
ことの全ては後天的な要素として「教育」を通して取得し、人格を形成し
ていくのだと思います。 その中には性意識(男であるとか女であるなど)
や氏名、誕生日なども同じ要素として存在しています。
これらはあくまでも外的な働きかけであって、先天的に自然発生するよう
な要素源ではないと考えます。

ところが、そのような後天的に形成された思考する意識とは別のところで
、人類代々から受けつかがれてきている本人の意識とは関連性のないよう
な、後天的に形成された環境や思考する意識とはまったく関係ないような
ものが存在していることを発見し、研究し、その存在を社会的に通じる概
念として位置づけしたのがC・G・ユングという精神分析学者ではないか
と考えるのです。そしてその意識こそが「集合的無意識」と呼ばれる人類
の普遍的な意識であり、先天的なものとして位置づけられるような意識で
はないかと思うのです。

それは先の質問で、幼少の子どもや人類の終盤を迎えつつある賢者が答え
る意識のあり方に近いものを形成している中心概念なのだと思います。

無意識の領域について人類が一層の理解を示すならば、「教育」という人
類意識を形作っていく大切な場面において、「ダーウィンの進化論」と同
じように「ID理論」を学び教えることがどれほど人類の可能性を広げ、
選択肢を増やすことで人間自らが想像する力をより進化させることができ
るのではないだろうかという方向に理解を示すのではないかと考えるので
す。

産経新聞に連載された特集記事「教育を考える」(2005年9月26日)の中で、
ID理論という創造科学を肯定している渡辺久義氏(英文学者。摂南大学
国際言語文化学部教授、京都大学名誉教授)に対するインタビュー記事と
して記載されていたものに、次のような内容がありました。
「IDを教えず、仮説に過ぎない進化論を公認の学説として扱うのは思考
訓練の機会を奪ってしまう。」と。
また
「進化論はマルクス主義と同じく唯物論的である為、人間の尊厳を無視し
ており歴史、道徳の教育にとって良くない。日本では進化論偏向教育によ
って日本神話等が弾圧された。」として日本も学校でもIDを教えるべき
だと説いていました。


また、TBSのニュース番組「News23」では、進化論教育の反対派と擁護派そ
れぞれの意見を紹介し、インテリジェント・デザインの理論を紹介しまし
た。
学校では定説とされているダーウィンの進化論をめぐって、米国カンザス
州教育委員会の保守派が、進化論以外の理論も教えるべきと主張、同委周
辺で論争が起こっていることを伝えるとともに、IDは、「全ての生物は
『高度な知的存在』によってデザインされたとする理論」と定義され、「
創造論の表現を変えたもの」と紹介されました。
そこにおいても、保守派メンバーのエーブラハム同委議長が述べた言葉に
は、生徒に多様な見方を教えることは大切であるという意見をもとに、
「私はIDを支持しているわけではない。もしIDが科学の基準になるの
ならば、私は支持しない」と述べ、生徒に多様な見方を教える教育機関の
価値を強調した。
とあります。

ID理論がアハ体験であった理由はそこにあります。


教育改革が必要であるといわれつつある現代、私自身も自らの子どもの教
育における悩みを抱える一人の親であり、「何かが違う!」という意識が
あるのに何処が違うのか何が変化する必要があるのかを掴めずにいました
。 また私自身が学んでいる無意識についての真実を、どのように表現し
たらいいのか、現実に深層にある心の形相など科学で立証できない限り不
可能なのではないだろうかと思考錯誤しているときでした。

今考えると、ID理論はそのような「何かが違う!」という私の意識に、
違いの視点を教えてくれたようなそんな驚きだったと認識しています。


私たちは今、多様化した現代社会を生きています。
社会的な問題、環境問題、国家間問題や経済問題などたくさんの問題を孕
んでいる環境の中で、選択を迫られることは日常的に行なわれています。
法律の見直し改正問題や、少子高齢化現象に対応する未来社会構造の構築
など課題も山盛りです。

だからこそこのような科学的な見地から創設された新しい理論も、教育の
場に置いて取り入れ、未来を生きる子どもたちが自らの意識を構築するた
めの選択肢を増やしていくことに、何ら問題があるとは思えないのではな
いでしょうか。

無意識の深層にある心理が、人間がこの世に生きる上で自己の形成に大き
く影響を与えることがあるということ、さらに元型という理解できないよ
うな力が人格に大きく作用することを真摯に受け止めたことがある人なら
ば、またそのような考えを容認することができる人ならば、ID理論が何
を言おうとしているのかを理解することが出来るのだと私は考えているの
です。
心理学と進化論、科学と宗教を全く違うものだとしてボイコットすること
は簡単です。そのような考えもまた私は否定しません。
人間を取り巻く世界には神秘と謎が満ちています。
だからこそ生きることが面白いのだということを、子どもたちに知らせる
ことが大切なのではないでしょうか。


 

  • 2007.03.18 Sunday
  • 13:02

地球学

インテリジェント・デザインとは? 第2回



この世に誕生した人間は、半人半獣という生きものです。

動物的な本能によって生存し、種族保存の原理に従って秩序を守るよう仕組まれています。また一方では、神によって与えられた頭脳と心…知恵と精神が肉体には宿っており、それらは動物的なものではなく、愛によって育まれ人としての道を生きる「思考する実体」としても存在しています。
それを言葉で表すために「半人半獣」と名づけていたのかもしれません。




前回についてID(インテリジェント・デザイン) について考えてみようと思います。
今回は3つのカテゴリーに分け、整理してみました。


A ID理論が主張していること
B ID理論が正しいと裏付ける根拠になっているもの
C ID理論から見た現代科学の盲点
D 個人的意見


A ID理論が主張していること

<IDの始まり>
ID理論の発端は、19世紀に遡り、神学者ウィリアム・ペイリーという人物が提唱したとされています。
彼は、懐中時計を見たとき「この時計は何とも巧妙に製作されていて、正確に時を刻むのだろう!
これをこの世界に誕生させた職人は、素晴らしい知恵と技術の持ち主に違いない!!」と感動したわけです。
そこからヒントを得て、自然界の秩序と複雑性から、宇宙創造主の存在を連想せずにはいられない。と主張しています。

<芸術家の神髄>
「人間原理の探究」を著した渡辺久義氏はこう語っています。
「芸術とは、作者の魂の形象化である。生物が『無生物的に』生まれることがないように、作品は『無作者的に』生まれることはない」
つまり、どんなに優秀な画家が、どんなに巧妙に「モナリザの微笑み」という作品を仕上げたとしても、それは芸術と呼べるようなものではなく、ただの「芸術作品の形骸」に過ぎないということなのです。
またどんなに優秀な科学が誕生し、DNAを合成して「生命体」を創造することが出来るようになったとしても、それは「生命体の形状」を造ったにすぎず、より根本的な性格や人格的要素、心までは造ることができない、ということなのです。

<正直なところ>
ID派の学者たちは、こう考えています。
ダーウィンの進化論を推進するダーウィニストは、分からないことでも分かっているようにして言うことが科学的なのだと考えているけれども、「分からない」ものはそのまま「分からない」「神秘だ」「謎だ」と正直に言うほうが、より知的であり確実で正直な答えなのではないだろうか―と。

<神と科学の和解>
歴史を振り返ってみれば判るように、古代文明においても天文学や医学、物理学や化学の要素を含んだ多くの学問は存在していました。 また自然科学は、神の存在を証明することから始まっており、伝統的なキリスト教会においては、知を育む学術機関としても成立していたのです。
又、歴史に名を馳せた偉人と呼ばれる人たちに、神を根底から否定する人は、ほとんどいなかったのです。

そのように「科学」と「神」と「知」とは、常に手を取り合って人類を豊かにするため、また世界をあるがままの状態で追求するための良き仲間として、存在していました。
それが何故現代のように独立分離し、相反する敵同士のような概念として定着するようになってしまったのでしょうか?

ID論者は、その理由が「進化論」にあるのではないかと考えたのです。
「進化論」は純粋に「新しい発見」「科学」として世に認められたのではなく、時代の混迷を孕むヨーロッパ社会の中で、弱肉強食の思想という本能に、奇しくも火をつけてしまうような結果を生じさせてしまったと考えました。 

それは悪く言えば、時代人が「進化論」を自分たちの都合のよいように解釈し、社会に通じる概念として大いに利用してしまったともいえるのでした。

「進化論」が決して悪いわけではないのです。 
「進化論」が絶対である!というように祀り上げてしまうような、支配者の正当化思想が悪かったのです。

ID理論は、今では亀裂が生じ分離してしまった「神」「科学」「知」というものを、全体として捉えるため、また和解させるために、いかなる困難な問題をも解決することが出来るような強力な救世主として新理論を展開するべきだと主張しているのです。

そしてIDを支持する科学者の多くは、科学で解明できることと、出来ないこととの間には、はっきりとしたラインを引くべきであると考えています。

B ID理論が正しいと裏付ける根拠になっているもの

<1> 「還元不能の複雑性」 マイケル・ブーヒー 分子生物学者
ある目的のためにデザインされ、しかも還元不能の複雑性を備えた構造物が、この自然界には満ち溢れている。
例: ネズミとり器、バクテリアの鞭毛
著書: 「ダーウィンのブラックボックス」
ダーウィンのブラックボックス―生命像への新しい挑戦
ダーウィンのブラックボックス―生命像への新しい挑戦
マイケル・J. ベーエ, Michael J. Behe, 長野 敬, 野村 尚子


<2> 「生命の自己組織化」 スチュワート・カウフマン学者
生命は他から制御させることなく、自分自身で組織や構造を作り出すことができる。
例: 「複雑系」という新たな概念は、単純な法則や原理だけでは解決しようとしても出来ないことを証明するという理論であり、眼球構造について述べている理論: 「複雑系」

カウフマン、生命と宇宙を語る―複雑系からみた進化の仕組み
カウフマン、生命と宇宙を語る―複雑系からみた進化の仕組み
スチュアート カウフマン, Stuart A. Kauffman, 河野 至恩


<3> 「断続平衡性」 スティーブン・ジェイ・グールド 生物学者
生物の進化は、長い時間をかけて序々に変化するものではなく、通常はほとんど解剖学的な
変化のないまま長い時間が過ぎ、あるとき「爆発的な進化」が起こるという事実によって、
種は変化する
例: 化石証拠の進化プロセスについて キリンの首の化石
著書: ワンダフルライフ
ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語
ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語
スティーヴン・ジェイ グールド, Stephen Jay Gould, 渡辺 政隆


<4> 「地球磁場の減衰曲線」 ラッセル・ハンフリーズ博士 原子物理学者
過去に遡って、地球の磁場の最大値を計算していくと、今から8700年前には最大値に達してしまう。
つまり、地球が誕生してから現在に至るまで、45億年であるという歴史を覆し、わずか1万年程度であるという主張を裏付けするデータの提供
データ: 米国サンディア国立研究所

<5> 「ありえないほどの確率 10の40乗」 「大数仮説」 ポール・ディラック ノーベル物理学賞受賞
宇宙は繰り返し現れる奇妙な数字によって法則化されている―つまり宇宙は、10の40乗という特別な数字によってその基本構造が決定づけられている、という説

例: 電磁気力の定数を重力定数で割ると10の40乗
宇宙の年齢を陽子の半径を光が通過する時間で割ると10の40乗
宇宙の物質密度の比は10の40乗
宇宙に存在する核子の数は10の40乗の2乗

理論:「大数仮説」
反物質はいかに発見されたか―ディラックの業績と生涯
反物質はいかに発見されたか―ディラックの業績と生涯
エイブラハム パイス, デイヴィッド オリーヴ, モーリス ジェイコブ, パリティ編集委員会, Abraham Pais, David I. Olive, Maurice Jacob, 藤井 昭彦


<6> 「ヒト・レニン遺伝子の解読」 村上和雄博士 筑波大名誉教授 遺伝子工学

ヒトのゲノムはわずか4つの塩基がペアとなっておよそ30億も連なっており、この配列が「偶然」として人間を誕生させるとしたら、それは4の30億乗分の1の確率である。
細胞1個が「偶然」として生まれる確率は、一億円の宝くじを100万回連続当選するのと同じ確率。
生物の進化は単なる「偶然」としては考えられないとする。
DNA解析 ノーベル賞有力候補
著書 サムシング・グレートサイエンス
脳+心+遺伝子VS.サムシンググレート―ミレニアムサイエンス 人間とは何か
脳+心+遺伝子VS.サムシンググレート―ミレニアムサイエンス 人間とは何か
養老 孟司, 茂木 健一郎, 村上 和雄, 竹内 薫



C ID理論から見た現代科学の盲点

<真理探究>
ID理論では、この世界の構造は「目に見えるもの」と「目に見えないもの」という二つの面を持っていると考えることに始まります。

現代科学的な視点で考えれば、唯物論と唯心論による対立があり、目に見えない存在を想定したり探究することは出来ないわけで、それは「オカルト」や「宗教」になってしまうから科学的ではない、となるわけです。唯物論者は一方のみが有用であるとする考え方です。
そこで、真っ向から対立してしまうとID理論の本来の思想理論は中断されてしまうため、ID論者は対立ではなく共存として成立させようとしています。

真理を探究することにおいては、現代科学的方法にのみ頼ることは不可能だとしています。
何故なら現代科学の方法は「統計」であり「確率」であり「見ること」によらずしては成り立たないため、「見えないもの」における真理は探究できないからです。

<知と科学の統合>
「知」は本来分離すべきものではない、とID理論は考えます。
一つの全体知の中に組み込まれた中の「科学」でなければ、本物の科学ではないとしています。
「知」はどの分野にも存在するもので、本来神聖な「叡智」から生まれ出たものである。
芸術的な「知」もあれば、生物的「知」も医学的「知」もあるわけです。


そして当然そうなれば、生命に対する畏敬の念を抱くという厳かな思想や概念を持つことを「科学的ではない」として排除し、間違いだとするような「知」が科学であるならば、それは本物の科学とは言えない、健全な科学ではない、と渡辺氏は述べています。
IDを「統一思想」だとするのは、そのような理由もあわせて、「目に見える側面」と「目に見えない側面」を一つの知的体系の中に含む個々の要素として捉え、二つの世界は同じ源に属しているとする考え方から成り立っています。


D 個人的意見


日本人が失いかけていたものを取り戻す、よいきっかけになる理論だと思います。
中国の老荘思想や、空海の密教思想、そして仏教本来の思想から大きく離れた理論ではないと考えます。
現代の科学がどこまでいっても突き詰めるところ生命起源についての謎を解くことは不可能です。しかし事実として生命は誕生し、神秘は繰り返されて存在し続けています。
「目に見える」ことばかりに頼る生き方は、現代社会には既に適応しきれていません。
クオリアを定説とした脳科学者の茂木健一郎氏も、物理学の困難を明確化したロジャー・ペンローズも、精神世界を追究している私たちも、同じような困難さを感じているのではないでしょうか。


無理や誤魔化しでは通らないほど、人類の知力も高まってきているのだと思います。
人間の知能は、遺伝子DNAの継承やユングの集合的無意識の概念からもわかるように、進化の歴史を確実にたどってきています。知力が経験の歴史によって高まらない理由でもあるでしょうか?
生命が尊いものだと子どもたちに教える大人は、矛盾を抱えたまま真理を伝えていかれるのでしょうか?
茂木健一郎氏はサンタクロースの話をよくされるそうです。5歳くらいの少女が小さい姉妹に向かって「ねえ、サンタクロースっていると思う?」とたずねていたそうです。
それを聞いた茂木氏はアハ体験以上の衝撃を受けてしまった…クオリアを体験してしまったのだそうです。
そこに全てが含まれていると感じるほどの驚きと無言の真理、そこにあるものを誰が守れるのでしょうか? 現代の科学は守れません。

ID理論は、ニューエイジ・サイエンスと呼ばれる現代風潮にとって追い風となるかもしれません。
科学的なアプローチでは解明できない世界にも、真実はきちんと存在しています。心の形相や心理・精神科学もそうでしょうし、超能力や芸術、生物学でもそうでしょう。
全ての人間が納得できる理論の登場が、新時代を到来させてくれるかもしれないのです。
真理探究は人類の共通の本能だと考えるのは、決して私だけではないはずです。

古代文明にも現代科学に負けないほどの素晴らしい知恵と技術がありました。
エジプトのピラミッドもそうでしょうし、現代になって次々と発見、発掘されている遺跡や、古文書などもそれらを証明しています。
そのような発見に私たちは心開いて、事実の功績をたどり、そこに存在していた叡智を見いださなければなりません。
そのような古代の文明に共通する要素を見いだしたならば、そこに隠されている真実を紐解いて解読しなくてはなりません。
それが現代人の責務だからです。

ID理論が正しいとか絶対だとかいうことは、私には分かりません。
しかし、進化論と同じように耳を傾けてみることは大切なのではないでしょうか。
聞かずして語れず、知らずして進歩せず!

まずは知ることから始めるだけでいいのかもしれないのです。

私の眼は、常に真実を見極める視点を持っていたいと願っています。

  • 2007.03.09 Friday
  • 09:34

地球学

インテリジェント・デザインとは一体なに?!第1回

ムー 2007年 03月号 [雑誌]
ムー 2007年 03月号 [雑誌]
飛鳥 昭雄, 三神 たける

特集「進化論を覆し、創造論を超える新理論【インテリジェント・デザイン】とは何か?

ここに書かれている特集記事を読んで、びっくりしました。
「ムー」と言えば、不思議や謎、UFOや古代文明と世界中の神秘を紹介することで有名な雑誌ですが、その雑誌の特集記事が、科学の世界でも注目を浴びている新理論について詳細にわたって記事を展開しているのです。

同時期、私は調べることがあって別の方面から資料を探していたのです。

そのときのキーワードは
「ブッシュ大統領」
「POWER FOR LIVING」(このブログもたくさんの方に検索頂きました)
「男女平等参画・ジェンダー」
「教育上の道徳違反」
でした。

いくつもの資料を調べていくうち、最初に次のサイトに出会いました。

DESIGN OF CREATION SOCIETY―創造デザイン学会―

このサイトがどうやら「インテリジェント・デザイン」なる新理論を日本の国内において推進展開しているおおもとなのではないかと思います。

いくつもの理論についての説明や概念を掲載しています。

次にたどり着いたのが「NPO法人・新エネルギー開発普及研究所」です。そこにはシンポジウムの開催の要旨が書かれた文章がありました。

「ID(インテリジェント・デザイン)理論をめぐる学際シンポジウム」
の開催にあたりて


そこに書かれている内容を読みながら、ここでは新エネルギー開発に関する研究をしているのに何故ID?!と不思議に思っていました。

私はこの当たりから、この「ID」というのは一体どのような所から出現してきた新理論なのだろうと考えるようになりました。

その数日後、私は娘と近くのショッピングセンターへ買い物に行きました。
娘のお気に入りを探すのに疲れた私は、一人ぶらぶらと歩きながら、1件の不思議な店に入りました。

そこには、店主が自分で選んだ品物を何でも置いているのです。
洋服から雑貨、CDからお菓子、本もあればパイプ(喫煙用)まである驚きの不思議グッズショップだったのです。


そこで何気なく手にしたのが、上記特集の雑誌「ムー」でした。

私は早速「ムー」を買い求め、自宅でゆっくりと読ませてもらったのです。
すると、私が最初に検索していたキーワードが全部リンクして来たのです。
しかも、調べていた内容がまったく異なるテーマなのに!です。

私は自分のサイト「種一弓の無意識の世界」にも書いているのですが、「偶然なことは何もない」と信じている運命論者の一人なのです。

現実には「偶然」として自分と遭遇する諸々の出来事や体験がおこるのです。
それは意図的にどこかで必要なものを無意識が検索していて、自分の人生の将来のある地点で、それが必要なものであったり、力になるものであったり、助けになるものであったりする「素材」であるだけなのだと思っているのです。



ということで話しを基に戻せば、私はある意図的な意志によって、偶然を装った必然にこのID理論というものに出会うべくして出会ったのだということです。

そこでせっかく出会ったので、自分が納得するまでこの理論を見守ってみようと思ったのです。

そこで、今回から2回に分けて、種一弓の無意識の視点やからから★の普遍的宇宙の視点からこの「ID(インテリジェント・デザイン)理論」を考えてみたいと思います。

>【第1回】
〜インテリジェント・デザインとは一体なに?!〜



最近流行りのはてな検索で調べてみました。

インテリジェント・デザインとは(by はてなダイアリー)

つまりダーウィンの進化論を覆し、創造論を超えるかどうかの画期的な新しい理論を「インテリジェント・デザインまたはID」
と呼んでいるのです。

では何が新しいかというと、地球上の生命や、宇宙の精妙なすべてのシステムは、知性あるサムシング・グレートな存在によって、デザインされたという説を科学的検証に基づいて展開しているところです。

しかも、著名なインテリジェント・デザイン論者である数学者や科学者らによって、この説は、「偶然と必然」というものを超えるまさに21世紀のパラダイム・シフトになるかもしれない理論の登場だと言われているのです。

自然界や宇宙、人間の誕生に至る全てのものは、ある目的をもって巧妙に崇高な意図により設計されているのだと語られているのです。

アメリカでは、進化論者とこのID論者とで二分化した教育論争まで引き起こしているというのです。
その引き金となったのが、ブッシュ大統領の発言だったようです。

高校の授業で「進化論」を教えるかそれとも「インテリジェント・デザイン論」を教えるか、米国中で価値観の対立に揺れているのです。オハイオ州では、教育議会で「進化論」を教えることで決議したそうです。

キリスト教が国民の生活にさり気なく浸透している米国だけに、このID理論がもし主流と成れば、「そのサムシング・グレートなのは『イエス・キリストの神』ではないか!」という意見が出るでしょう。
そうなると宗教的対立を生みかねないのかもしれません。


日本でも様々な意見が出され、論議が展開されています。確かにこれは単純にYESかNOかという問題ではないのです。
今まで私たちは「猿が進化して人になった」と教えられてきたのですから。

ID理論が主流となれば、「猿は人とは違う生物で、人はある地点で意図的な意志のもとデザインされて誕生した」
と教えられるわけです。

どちらにしても混乱することは間違いありません。

私にとってもこれは重大な問題です。
偶然はなくて必然だという考えが成立しない可能性もあるからです。

でもID理論はどちらかというと、私の考えている必然論に傾いているような気もしないわけではありませんが。

「高度な知性」という存在を私は「神」と呼んでいるのですが、「神」を「宇宙人」と呼ぶ人もいるでしょうし、「預言者」や「からから★」と呼ぶ人だっているわけです。
私はそれらの全てが間違いだとは思いません。
かといって全てが正しいかと言えば無論難しいでしょう。
本当のところは「わからない」のが今のところ一番正しい答えなのです。

でも出来る限り真実を後世に伝えていこうと努力することは大切です。
研究者や科学者、学者や実際の論述証明によってID理論はどのように正確さを私たちに見せてくれるのでしょうか。

次回はその辺についても取り上げてみたいと思います。
乞うご期待!
(*^_^*)

  • 2007.02.23 Friday
  • 21:16

地球学

地球の磁場が逆転する日…

惑星は巨大な磁石―電磁気学の歴史
惑星は巨大な磁石―電磁気学の歴史
ゲーリット・L. ヴァーシュアー, Gerrit L. Verschuur, 長尾 力

今年もあと2日です。
無事に1年を終えることが出来たこと、神に感謝しています。
新年を迎え、ゆっくりと過ごすひと時を大切にするとともに
来年も地球を守ってくれるよう祈っていきたいと思っています。



誰でも子どもの頃、磁石を持って砂場に行き、砂鉄をすくい集めて遊んだことがあるのではないでしょうか。子ども心に何で砂が磁石にくっつくの?と不思議に思ったものです。

でも考えてみれば、磁石ほど不思議なものはないのです。
磁石は、昔から医療の道具としても重宝されたり、道標となって方角を示してくれたり、医学・化学・物理学など多くの学問の発展に貢献しているのです。そして何よりも不思議なのは、鉱山の中で生み出す天然磁石が技術革新の基礎となっていることや、地球自体が大きな磁石だということです。
磁石は何千年もにわたり歴史を築いてきたのです。

磁気と磁力の特性を研究した歴史を見ると、物理学者の「場」の理論や量子電気力学、そして大統一理論へと進んできたことで、究極の理論へと発展し、宇宙の仕組みを知る手がかりへと発展したといっても過言ではないほどです。

この本の第11章「もし…なら」を読んで、私の思考は打撃を受けました。
自分の思考がまんねりしていて、アハ体験の乏しいと思われる方は、是非一度この本の第11章を読んでみたらよいかもしれません!(^^)v

地球は何故磁気を帯びているのでしょうか?
地球の最奥部にはどろどろに解けた高温のマグマがあり、それが上昇、冷却、下降を繰り返しています。そしてこの電気誘導物質であるマグマが上下運動をし、地球が自転することで、渦巻きのような円運動のパターンが生じ、その結果地球の内部が巨大な発電機になる。そしてこの渦巻きから「磁場」が生まれる。
という仕組みだそうです。

私たち人類を含む生命体は、地球の磁場によって守られています。
磁場は肉眼には見えないので分かりにくいかもしれないのですが、ちゃんと存在しています。


^^^^^★

2003年3月にある新仮説を唱える論文が発表されました。その仮説によれば
「あと100年ほどで地球の磁場が消失する可能性があり、地球は危機状態に陥る」
というものでした。

磁場が消失!人類が滅亡する?!

実は地球では、太古の昔からN極とS極が逆転するという現象が何度か起こっていることがわかっているそうです。「もし…なら」にも書かれていますが、磁場の逆転現象は、平均20万年に1回の割合で見られてきたそうです。
巨大な発電機である地球のスイッチが何故かオフからオンに切り換わり、磁場が完全に逆転してしまうのです。
つまり、地球磁場の極性が現在とは逆だった時代があったということなのです。今では「北」を指している磁針が、その当時は「南」を指していたことになります。このことは、古地磁気学の研究によって明らかとされています。また地質学上の記録によれば、磁場逆転の時期には、多様な種が絶滅していたようだと言われています。

北極にある磁極点はS極
南極にある磁点はN極ですね。
しかし、この数年で磁極がずれてきているのだというのです。

この20〜30年間で地球の磁力は減少していて、2000年前は地球の磁力が4ガウスあったのに、現在は0.4ガウスしかないそうです。
ドイツなどの研究チームによると、もはや磁力復活の見込みはなく、どんどんとゼロに近づいているといいます。
磁場が逆転するこの切り換わりには、おそらく数千年はかかるだろうとされていますが、その間は磁場は本質的に0「ゼロ」になるのだということです。
この状態は、地球の生命にとってはまさに死活問題ともいえる重大な問題です。

地球の磁場がずれている?!



地球の磁場が失われる前に、磁力が弱くなると地球にはどのようなことが起きてくるのでしょうか?

1)方位がわからなくなる
2)人体に有害な宇宙線が降り注ぐ
 太陽から絶え間なく降り注がれている太陽風(素粒子の流れ)は、磁場があるために地球を直撃せずに高エネルギーの放射線を遮る傘の役割をしてくれているのです。地球の大気が太陽風(陽子と電子からなる)の直撃を受けたら、化学作用が起こってオゾン層は破壊されてしまうといいます。
これは人体にはとても有害なので、病気が流行るというのです。
3) 機械は誤作動を起こす
 現代社会はすべてのものが科学技術の上に成り立っています。ほとんどのものは機械です。磁場が弱まると機械が誤作動を起こし、交通網が麻痺したり大混乱になるというのです。
4)異常気象が起こる
 夏なのに雨が降ったり、異常な高温になったり、竜巻が異常に発生したり、オーロラがあちこちで発生したり、世界各地に異常気象がおこり、天地異変がどんどんと起こって人々は大混乱します。
5)怒りっぽくなる
 磁力が低下することで、人間の血液の原子に作用し、怒りっぽくなるのです。他人に対して必要以上に攻撃的になったりして犯罪数が増加するというものです。

他にも異常な現象は起こるに違いありません。想定外の事象によって混乱を引き起こすことは間違いないでしょう。

地球磁場はそれだけ私たちにとっては不可欠の要素なのです。磁場がなかったら人類は存在しなかったのだろうと思います。

第11章「もし…なら」の後半には、バクテリアGS15という存在について書かれています。このバクテリア、実は天然磁石の親だというのです!
このバクテリアは一日中鉄を食べていて、磁石を含んだ鉱山の鉱床の地層で発見されたGS15という微生物は、もしかしたら光合成がはじまる以前から存在していたのだとも言われるのです。
そして、このバクテリアと磁場との関係についても面白い仮説を語っています。


磁力が弱まった時の地球の様子を想定したものを読むと、現代の環境問題や人間の心や行動に関する問題、病気の流行や異常気象による被害など、多くのものが一致すると思わざるをえないほどに、仮説に類似しています。

今私たちは、大きな転換期を迎えようとしているのかもしれません。
家族レベルや地域レベルで物事を考えて取り組むだけでなく、単位をもっともっと広げて、行政レベルから国家レベル以上、世界レベルから惑星レベル以上へと人間の意識を引き上げて、地球の危機管理について意見を出し合うべきときなのかもしれません。

一読の価値ある書物です。
  • 2006.12.29 Friday
  • 11:25