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  • 2018.04.13 Friday
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社会・規則

子どもの本音



教育者は子どもの本音に耳を貸すべきです!

子どもたちの次元が上昇中 の記事でも書いたのですが、今子どもたちの精神が間違いなく上昇しています。
心の中にある本音をありのままに出せるのが子どもです。
子どもにはまだたてまえだけで生きることは出来ないからです。
そして、本音を育てているのは親や学校、社会です。
無名で肩書きもない私がこのようなことを言っても、誰もまともに受け取ってはくれないかもしれません。
でも、これは本当だからどこかで伝えていかなければならないのです。

私はこの4年間、ほとんど毎日心理学をはじめとして、哲学、思想、人文学に歴史、宗教学神学、古文書、象徴哲学、教育などたくさんの資料や文献を学んで研究してきました。人の心がどのようにして智慧を獲得するのか、人の心に対立する矛盾や真理はどうしておこるのか、愛と憎しみはなぜ同時に存在できるのか、人の死の意味は一体何なのか、世界創造の神話は何を語ろうとしているのか、歴史に名を馳せた人たちは、何を掴んだのか、などなど…

それは何の為にかといえば、本当のことが知りたかったからです。
人が生まれてきたことには必ず意味があるはずだと信じているのです。
そうでなければ、生きているのは無意味なことだからです。
「生きている、ただそれだけで素晴らしい!」
なんていうのは、ただの応援歌です。
自分が生きている意味を探すためには、人間の隠し立ての無い本音の姿を知る必要があったのです。
悪も欲も死も生もすべて含めた本当の姿です。
それを知らない限り、自分の生まれてきた意味を知ることが出来なかったからです。
裏を返せば、それが見つからなければ自分には生きることができなかったからとも言えるのです。

そして多くの書物を紐解いて、一つの真実の姿を発見したのです。
それこそが真実だと自分では認識できたのです。

だからこそ思うのです。
子どもや幼子は大人とは違うのです。
子どもは親の鏡だと昔からよく言われています。その通りなのです。
子どもがいじめをするのであれば、親がいじめに共感しているからです。
それはどういうことかというと、親がまだ虐めの世界を脱していないということです。いじめということばをこれほど深刻に捉えるから、子どもはいじめを深刻化しているのです。
誰でも大人なら、一度や二度は虐めたり虐められたりしてきたはずです。
でもその事から脱してきたはずです。
それを思い出すべきです。
いじめを深刻にして、親が毎日子どもに
「今日は虐められなかった??」とか
「教室でいじめはなかったの?」とか
話題の中心に自殺やいじめを持ってきてはいませんか?
または、親が子を無視して虐めていませんか?

そんなこといくら考えても無駄です。子どものほうがよっぽど親よりも自分の心に正直に向き合っているからです。
子どもが親の鏡だと言われていたはずが、
今では親は子の鏡になりつつあるのです。
子どもの霊性が上昇しつつあることで、親の霊性は子どもの霊性についていかれないでいるのです。

子どもは自分の思うとおりに大人を動かしています。
「ちくり」「告げ口」「嘘つき」「ごまかし」「あざけり」「からかい」
「大人の弱み」「大人の醜さ」「大人への復讐」

これらを巧みに操り、親や教師を振り回します。
先生の弱みを握った子どもは、親の弱みも握っていて、両者を自分の思うままに操作しているとも言えるのです。

それが親が子の鏡になっている状態です。

でも大人は誰もそのことに向き合っていません。
あまりにも情けない霊性だとは思いませんか?

大人が思うほどに子どもはバカではないのです。
本当に苦しんでいる子の味方になってあげるためには、
どの子がまやかしで、どの子が助けを必要としている子かを見極めなければなりません。
それが出来ずにうろたえているのは愚かな大人です。

それを楽しんでいる子はどんどんと傷が深くなります。
霊性が上昇するということは、良い霊性だけでなく、悪い霊性も上昇しているということです。
霊性は共時性によって他の子どもたちにも連鎖します。
共感を生み出します。

どうか大人たちよ、子どもの心をもっとまっすぐ見つめて下さい。
疑いや、ベールのかかった眼で見るのではなく、ありのままの子どもの
心を見てあげてください。
信号を発しているはずです。
隙を見せているはずです。

一緒に空を見てあげてください。
一緒にふざけっこをしてあげてください。
中学生だろうが高校生だろうが、抱っこしてあげてください。
叱り飛ばさず、大事に聞いてあげてください。
間違っていたら真剣に諭してあげてください。

大人が霊性を上昇させるか、子どもの悪の霊性を良い霊性に変えるかしか今の子どもと対等になる道はないのです。

上昇中の子どもにとって、死なんてそんなに怖いものではないのです。
復讐してやろう!くらいの軽い気持ちでも死を選べるのですから。

  • 2006.11.11 Saturday
  • 22:34

魔法

ジーニーの壺占い 連載です♪

anemone (アネモネ) 2006年 12月号 [雑誌]
anemone (アネモネ) 2006年 12月号 [雑誌]

「アネモネナチュラル」という雑誌をあなたはご存知ですか?
月刊誌ですが、ナチュラル&スピリチュアルライフ・マガジンとしてクオリティライフを応援する優良な雑誌です。

編集部では、読者参加型の雑誌づくりをめざしていて、企画や投稿も募集しています。

ジーニーの壺占い】もその一環として掲載されることになったのです!人はこの世に生まれるとき、その運命を左右する守護霊であるゲニウス(ジーニー)が同時に付着してくるのだと言われています。
誕生日を祝うのは、その人の魂についたゲニウスに捧げものとして、灯明(ローソク)を立てる儀式に由来しているのです。

私たちは皆、ジーニーという守護妖精と手を取り合って、人生を送っているのです。
ジーニーは、いつもあなたの心を見つめ、必要な知恵も助言も天の泉にある壺から取り出してきて、あなたに教えてくれます。

壺占いの背景には、守護妖精の存在との関わりがあるのですが、それ以上に古代密儀や錬金術とも深く関わりのある概念に類似しています。
宝瓶宮時代の到来によって、現代は次元の上昇時と言われています。
私たちの人生に何か不思議なことが起きても
おかしくはない時代なのです。

壺占いはイメージを直感で捉える占い方式です。
無意識の心理学的にも、錬金術の背景にもとても共通する認識概念を描いています。

一度試してみませんか?

また、12月号の特集では、オーラについての記事やオーガニック的なものも紹介していますよ。

あなたのスピリチュアル度が刺激されること間違いなし!です♪

雑誌だけでなく、

ジーニーの魔法占い【壺占い】ホームページ
こちらのサイトでも、壺占いを体験できます♪
霊性をチェックして、あなたも自分のジーニーと向き合ってみませんか?
  • 2006.11.09 Thursday
  • 22:38

社会・規則

自殺 子どもが次元上昇中?!



自殺を考える子どもの霊性が上昇しようとしている?!

自殺という言葉の意味や重さの認識の仕方が昔とは違ってきています。
今の親世代が子どもの頃には、自殺する子どもは滅多にいませんでした。
問題を起こしたり、悪さをしたり、いじめっ子やガキ大将はいても、子どもの心の中で「自殺してやろう!」などという想いは現れることが極めて少なかったはずです。
では、
自殺を考える子どものこころに問題が生じているのでしょうか?
自殺を考える子どもに原因があるのでしょうか?

私は違うと考えます。

私たち人間は、生まれたままの意識の状態は非常に純粋な動物性本能を持っています。
純粋な動物性本能とは、たとえば幼い子どもがお砂場遊びで、砂を食べたり、よその子のおもちゃを勝手に使ったり、自分のものを貸さないこともそうですし、一緒に遊んでいる子を押し倒したり、引っ掻いたり叩いたりなどは、親がしつける以前に発生する本能に近い行為です。
でも、これらは意識して意図的にされているものではないのです。
だから「純粋な動物性本能」なのです。

生まれたときのこの「純粋な動物性本能」が理解されないまま、大人に押し殺されたり、しつけとしてきつく叱られるだけで育ってしまうと、子どもはそれを「無意識」の領域にしまいこみます。これも本能が為せる仕業です。
そして子どもは次第に「してはいけないこと」と「してもよいこと」を憶え始めるのです。いわゆる人間としての成長過程を歩み始めるわけです。

ところが、この「純粋な動物性本能」がしまわれているままになっていることを大人は忘れてしまいます。そして小学生や中学生になったわが子を「いい子」として又「普通の子」として見ているのです。

これが大きな落とし穴なのです。

人の心は正直で繊細なものです。
少しのことで傷ついたりします。

人間が動物であることを忘れていませんか?
人と動物の違いは、頭脳と心と霊性によるものがほとんどで、あとの肉的な本能や欲望はほとんど動物と同じです。

純粋な動物性本能を持っている子どもを「悪い子」と認識したのが間違いの始まりだと思うのです。
人間であれば、道徳的なルールがあるのでそれを子どもに教えることは大切です。それを間違いだと言うのではありません。

幼い子どもの純粋な動物性本能は、非常に霊性が高いのです。
無意識と意識がまだ分離していないのです。
頭で考えて行動しているわけではないのです。
無意識に砂を口に入れたり、人のものを奪い取ったりします。
興味の一環なのです。

霊性が高いというのは、どういうことでしょうか?
解りやすい言葉に置き換えると、
「悪気がない」
「無邪気」
「良い悪いの判断を基準にしていない」
「自分の環境に左右されていない」
「心と肉体が一体化している」
などです。

ところが、大人がこの純粋な動物性本能を理解しないまま、子どもの意識に人間としての道徳やルールを与えてしまうと、子どもの高い霊性は、一気に下降させられてしまい、先ほど述べたように無意識の領域に閉じ込められてしまいます。
そしてじっと眠ったままか、しまいこまれたままになっているのです。

自殺やいじめ、キレるなど現代の子どもを象徴するかのような言葉の源泉は、この純粋な動物性本能が無意識から意識に浮上していることを暗示しているのです。

自分の霊性に敏感な第一期…小学校高学年や中学生の頃を指しますが、この頃に子どもは自分の無意識に潜んでいる「純粋な動物性本能」と対決しなければなりません。幼少時に解消されないまま無意識層に潜んでいたこの本能は、容赦なく子どもの心に対決を迫ってきます。

人間として育っているのに、動物性本能が顔を出すのですから、大人はうろたえてしまうのです。
そして「悪い」「常識のない」「キレやすい」「わがまま」「単純」などと
大人たちに評価され、どうしようもない、やり場のない心の状態になってしまうのです。

幼いときに「純粋な動物性本能」を理解された子どもは、動物性の自分と人間としての自分を両方意識に浮上させていても、大人や様々な力や助けを借りながら、上手く統合させていくことが出来るのです。
間違っても、キレても、統合させる道を歩みだすことができるのです。

自殺をすることが、良いか悪いかなど、自殺をしようとしている子どもには関係ないのです。
大人の常識で判断しても理解出来ないような、別の次元に意識が行っているからです。
理性や言葉など、まったく通用しないのが動物です。
動物性の本能は、純粋から一転悪魔的な形相に変化して、再び霊性に敏感な第一期に現れてきたのに過ぎないのです。

心が分裂し、意識と無意識の対決に苦しみ、葛藤と苦悩の連続状態が子どもを襲っているはずです。

どんな慰めや励ましも、霊性が上昇しつつあるときは無力なのです。
ひびが入って壊れかかったワイングラスと同じ状態です。

壊れてしまったほうが楽なのです。
でも…自分で壊すのは怖い…

そのような子どもは、次元が上昇している状態…つまり自分の霊性を取り戻そうともがいている状態なのです。
別の表現で彼らのいる所を捉えようとすれば、常識や道徳、決まりや価値観などのない世界で生きているのです。
そのような次元では、人間として言葉によるコミュニケーションは不可能です。

大人はそのことを理解していません。
理解出来ない人が多いのです。

純粋な動物性本能を消化しきれていないまま、自分の霊性に敏感な第一期を迎えた子どもたちは、昔と比べて増えています。

その原因は多くあるでしょう。
社会的要因、環境要因、生活習慣の変化、核家族化、一世帯当たりの子どもの出生率低下、国際化、競争社会の歪などなど…
また、大人の親認識力不足、責任感の低下、無教養、快楽主義…

誰が悪いからではなく、現状をしっかりと認識するべきです。
そして、今次元上昇しようとしている子どもたちを、人間として統合できるような正常な道へと引き戻してあげるために、大人はどうすればよいかを真剣に考えるべきです。

〔次元が上昇することは、多くの意味と認識方法があるのですが、ここで述べている次元上昇は、精神世界的な次元上昇とは少し違います。
霊性の次元について、古代密儀における象徴体系や古文書原典にあるような神聖な教義に近い意味での霊性を指して上昇を捉えています。〕

  • 2006.11.07 Tuesday
  • 09:40