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無意識の真実

何故、音楽が人の心や魂を揺さぶるのか?

晴れ
今日のテーマは、音楽の根源についてです。タイトルにもあるように、何故音楽が人の心や魂を揺さぶるのかを無意識の視点から考察してみましょう。

太古の昔、まだ楽器と呼ばれるようなちゃんとしたものがなく、木や、葉っぱ、貝殻、金、銀、そのほか自然のものから作った道具を使っていた時代には、人間は音楽を体験していなかったでしょうか? 答えはいいえ、ちゃんと表現していました。ですよね。主としては、踊りと歌を通して…。
大極
本来、踊りは人々にとって、人間が神の化身となり、神への感謝の捧げものを、神の象徴を通して表現することでした。そして、歌い手は、踊り手が表現を通して神と一体になっていく様に合わせて、表現から象徴されることを感じたままに、声を通して、メロディーとして表現したのでした。
踊り手と歌い手は、お互いが感じるままに、神を感じているのです。

ハワイのフラダンスについて以前本で読んだことがあるのですが、もともとは、神に捧げられていた神舞だったそうです。ハワイ語で「マナ」はスピリチャル・パワーのこと。フラダンスは、神霊との交流儀式だったそうです。ダンス=踊りは、交霊術として理解されていたのです。
女神ペレのマナ(霊力)と一体になったフラの巫女は、偉大で神聖であると言われていたのです。
フラのダンサーは、踊りを通して古代儀式としてのプロセスを踏んでおり、そのことは世界中の普遍的な要素なようです。プロセスとは、
1.「真如」 リズムと歌で、神々しい雰囲気と聖なる場を整える。(真如の導入)
2.「没我」 そのリズムで踊りながら次第に陶酔し、やがて「没我」となる。
3.「天応」 そこに神霊が「感応」し、恍惚がダンサーを支配する。
4.「天恵」 すると、神からの返答が現れ、「天恵」が現象化する。
真の芸能には、「真如」「天応」「没我」「天恵」の4つのプロセスが、必ず組み込まれている。だからこそ、喜びと生きる力を与えられる。のだそうです。

これらを呼んで、なるほど!と思われませんか?
「真如」とは、万物の本体で、無差別・平等の絶対的真理という意、「没我」とは、自己を忘れ、また自己を無視するさまのこと。 
日本の神楽、神輿もまさにそのプロセスを含んでいるのです。「真如」=宮だし、聖なる場を整える 「没我」=ご神体の担ぎ出しにのりが加わり、我を忘れる 「天応」=ついには担ぎ手と神輿は一体化し、恍惚感と陶酔感を持ってクライマックスを感じる 「天恵」=達成感と幸福感を持って、宮納めをすることで、天の神を感覚によって捉えることが出来る恵となる
とすれば、音楽の元になる歌と踊りは、真の道を表現することに違いないと思われるのです。

アフリカの大地を飛び跳ねるジャンピング・ダンス。インドの舞踊、熱狂的なロック・コンサートに響き渡る音と呼応する人間の波動。聖なる場として整えられた教会で、神を賛美するゴスペルサウンド。オーケストラが奏でる壮大なハーモニー。そして地上の楽園と言われるハワイの島で、フラの巫女が披露する神舞… それら全てに共通する元型がそこにはあるのです。

そして、いずれかを好む人々の心と魂に、感動と力を与えるのは、それを好む人の自己表現する元型波長に近いか、または等しいからなのではないでしょうか。

音楽は、踊り手と歌い手、演奏家が、本来人の心にある原型を表現することです。
リズムと音階、音調をミックスし、それを表現するために声や楽器や肉体を使う。そして普遍的なプロセスを踏むことで、それを聞いている人々の魂にも同じ作用が伝わっていくからこそ、感動と力を生み出すことが可能なのです。

ユングは集合的無意識の構成要素を元型・または原になるイメージと名づけました。これはすべての人類に共通した観念・概念の元になる本能のイメージを象ったものであるようです。 

そしてまた、人間の遺伝子構造に組み込まれた記憶の中には、音楽を通して体験することの出来る古代儀式としてのプロセスが組み込まれていると、私の無意識は信じるのです。

先ほどの1〜4のプロセスをもう一度見てみてください。
全ての事柄の本質を捉えた元型に近い形だとは思いませんか?

私は、よくこの4つのプロセスを日常のことに当てはめて考えることがあります。
たとえば出産。天から授かった命を大切に子宮の中で育てながら、出産というときに備えて聖なる場を整えつつ時を待ちます(真如)。そして、次第にお腹は大きくなり、鼓動も胎動もはっきりと感じるようになると、いのちを育む大切さとその神秘と不思議に胸が高鳴り、我をも忘れて母としての自覚に目覚めていきます(没我)。ついに神霊が感応して、恍惚とともに出産のときを迎えます。気を失うほどの痛みと壮絶な産みの苦しみが訪れ、それでも無事に赤ちゃんが生まれて来れますようにと神に祈りつつ戦い続けます(天応)。そしてついには神からの返答が現れ、天の恵みである赤子がこの世に贈られてきて、天恵が現象化します(天恵)。

このようにしてすべての人は、音楽というものを、踊りを、歌を愛し、集合的無意識が感応するプロセスの過程を追体験することで、心の奥深くで眠っていた無意識の超個人的な感情が高揚し、音楽を奏でる側と聞いている側である我々の魂が一体となり、感動を生み出すのではないかと考えるのです。

種一弓

  • 2006.05.27 Saturday
  • 17:37

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種一弓 夢ブログ設定しました

インターネットの世界って本当に奥が深いですね。
私など、まったくの素人ですから、一つ一つをクリアーするのにとても時間がかかってしまい、いつの間にかもう夜中・・なんてことしょっ中あります。でも、決して諦めたりなどしません!
私には何といっても夢がありますから。祝

今日設置したこのブログも、とりあえず、設置が終了しただけのことで、まだ何がどうしたらどのように使えるかも分かっていません(~_~;)
へろへろになりならが、やっとここまでたどり着きました。
とにかく、これから夕飯の支度と娘をお迎えにいかなくてはならず、
今日のところはここまでにします♪
これからがんばりますので、皆様お楽しみに!!
(・e・)
ひよこまーく
  • 2006.05.26 Friday
  • 18:24